Vol.3 CYBER PUNK

文字数 7,842文字

 次の日、僕とハル、舞くんとユーイチくんの四人は、音楽準備室で昼飯を食べていた。一応、『今後の活動についての会議』という大義名分はあったものの、元々大して仲がいい訳でもない四人組である(舞くんとユーイチくんは仲がいいけど)。特に話すこともなく、黙々と飯を食っていた。そのうち、ハルが話し出した。
「ユーイチ、お前メンバーじゃないのに、なんでここにいるんだ。」
「僕の目の届かないところでケンカでもされたら困りますからね。監視させてもらいます」
 言うまでもなく、険悪な雰囲気だ。というか、舞くんとハルがケンカするよりも、ユーイチ
くんとハルがケンカする確率の方がはるかに高いと思うのは、僕だけだろうか。ま、勝つのはハルだと思うけど、その後停学にはなりそうだ。勝負には勝つけど、試合には負けるってことかな。
「それに舞のお母さんからも『無事卒業させてやってくれ』って託ってますから」
 ユーイチくんは持参した弁当の梅干を口に運んだ。すっぱいはずなのに、ポーカーフェイスでそれを食べ、種を見えないように吐き出していた。何だか仕草ひとつひとつが上品なところを見ると、いいところのお坊ちゃんなのだろう。
「ったく」
 呆れたようにハルは紙パックのコーヒーを吸う。
 ピリピリしたムードだが、ともかく事を荒立てないようにしなくては。
「そういや、あとベースをバンドに入れなきゃだよね」
 僕は話題を変えようと、必死だった。
「キーボードもだ」
 コンビニで買ってきた特盛り弁当を食べながら、ハルがつけ加えた。何でこんなにキーボードにこだわるんだ、この男は。
「俺はボーカルとして、何をすればいいの?」
 同じく特盛り弁当と、それに加えておにぎり三個、サンドイッチを完食した舞くんが言った。こいつは体が小さいわりによく食べるな。代謝がいいのか。
「ともかくボイストレーニングだな。あと腹式呼吸を覚えろ」
 弁当の中のカツをほおばりながら、ハルが舞くんにアドバイスした。舞くんは一人で「腹式呼吸か」と呟いている。
ボーカルは徹底的に練習してもらえばいいとして、あとはベースと、ハルがどうしても必要だというキーボードを探さないといけないな。
「ねぇ、どうしてもうちの学校のヤツじゃないといけないの?」
 僕は三分経ったことを携帯の時計で確認して、カップラーメンのフタを開けた。
「ああ、まぁな」
 それが僕にとってはよくわからない。うまいヤツを入れたいなら、学校なんかでメンバーを集めたりするより、ライブハウスとかで募集したりした方が効率はいいはずだ。
 黙ってハルを見ていると、「麺のびるぞ」と、声をかけられた。
 今の話を聞き逃さなかったユーイチくんが、ハルを問い詰めはじめた。
「バンドのメンバーは、全員うちの学校のヤツにするんですか? もしかして、何かしでかすつもりじゃないでしょうね」
 弁当箱をしまいながら、じろっと一瞥するユーイチくん。
「さぁね。それはお楽しみだな」
 ユーイチくんが睨んでもそれに屈せず、逆にそれを挑発するようなことを言い出した。その間に立ったのが舞くんだった。
「まぁまぁ、ユーイチも心配するなよ。何かさ、こうやってみんなで集まって何か画策するのって、面白そうじゃん?」
 食後のデザートのプリンにストローを刺して、『ポッキー』とかふざけてはいるけど、どうや
ら二人の緩衝材になってくれるようでちょっと安心した。
「メンバーも揃えなきゃだけど、曲とか歌詞はどうするの? コピーでもするの?」
 プリンを口に運びながら、舞くんが訊ねた。そういえば、全然考えてなかったけど、曲のこ
ととかも考えなきゃいけないな。
「一応オリジナルでやろうと思ってる。曲は俺が元になるものを考えて、それを皆でアレンジしていく感じになると思うが、歌詞がな」
 いつも自信満々で、『俺について来い!』ってタイプのハルだが、どうも歌詞に関しては珍し
く自信がないらしい。
「最悪歌詞だけは外部のヤツに任せるかもな」
 コーヒーをズズーっと最後まですすると、パックを崩して平たくする。
「なんで? バンドのメンバーは校内で集めるのに、歌詞は部外者に託すなんて、おかしいよ」
 僕はカップラーメンを食べる手を休め、思ったことを素直に口に出した。どう考えたって矛
盾してる。メンバーも校内で集め、曲もそのメンバーで作るというのに、肝心の歌詞は部外者
が作るっていうのは納得がいかない。
 ハルは平たくした紙パックをゴミ箱に投げた。ゴミが見事に箱に入るのを確認してから、急
に真剣な顔で話始めた。
「バンドのメンバーを校内で集めてるのは理由がある。まだ言えないけどな」
 そう言ってニヤリと笑い、ユーイチくんの顔を見る。ユーイチくんはゴホンと咳払いをした。つまり生徒会や学校側には都合の悪い理由なのだろう。
「でもさ、メンバーが集まったって、演奏がヘタレだったら、どんなにいい歌詞だってムダになるんじゃない?」
 舞くんが、本題の歌詞のことに話を戻した。
「舞、ケンカ売ってるのか。少なくてもギターとドラムは問題ない」
 じろりと舞くんを睨んだが、舞くんは特に気にせず炭酸水の入ったペットボトルを机の上で
コロコロ転がして遊んでいる。その度胸がうらやましいよ。
 一瞬ムッとしたハルだったが、珍しく顔を緩めた。
「まぁ、正直なところ演奏はヘタレでもいいんだよ。そういうのは、本腰入れてステージの場数踏んできたヤツより、まだ慣れてないヤツの方が青臭くていいんだ。俺は演奏を聞いた人間全員に、その緊張感や情熱をそのまま残したいんだよ」
 ハルは舞くんの転がしていたペットボトルを手で止めて、話を続けた。
「でも、歌詞は意味を持つだろ。ハードで荒削りな演奏なのに、愛だの恋だの歌ってたら、どう考えたって違和感が残る。それをなくすには、やっぱり技術がある人間が作った方がいいと思う」
 確かに、ハルの言ってる事は一理あるかもしれない。舞くん自身が愛とか恋とかそういう感
じの曲を歌うのは結構似合っちゃうかもしれないけど、ハルや僕がサポートしてたバンドは、基本的にそういうタイプの曲はあまりやっていなかった。僕らのプレイと歌詞がかけ離れてい
たら、確かにまずい。カッコイイラブソングもあるけど、僕らがそれに合わせることができる
だろうか。
「外部じゃなくて、うちの文芸部とかの人間に頼んだらどうかな?学校内の人間だし」
「ああ、それも考えたけど、やめた」
 あっさりと言って、自分のカバンの中から一冊の薄い冊子を取り出した。
 舞くんがそれの中身を早速見る。しばらくして、無言で冊子を閉じた。横で一緒に見ていた
ユーイチくんも、目頭を押さえている。
 二人の様子に、何が書かれているのか気になって、冊子をめくってみる。最初のページには『ヨミウタ』というタイトルが印刷されている。どうやら文芸部の作詞集のようだ。作成日は去年の文化祭。メンバーはほとんど二年生になっているから、僕らと同じ学年のヤツらが作ったものだろう。次のページの目次はちょっと飛ばして、一つ目の詞を読んでみる。タイトルは『いちごみるく』だ。読む前から嫌な予感がする。
「君の真っ赤な唇に、僕の……」
 そこまで声に出して読むと、ユーイチくんが僕の口を押さえた。
「先輩、それ下ネタです!」
 ……本当だ。他の詞も読んでみたが、男子校のノリなのか、全編下ネタ。ここまで書ければある意味すごいと僕は思う。
「そういうことだ」
 ハルはため息混じりにそう言った。舞くんは大爆笑したままだし、ユーイチくんはなんでこんなものが平気で冊子になっているのか、真剣に頭を抱えていた。
「文芸部のヤツに話を聞いたんだけどな、『究極の文学はエロスだ!』とかなんとか言ってやがって、話にならねーんだよ。俺は国語苦手だし。倫と舞は作詞できるか?」
「……」
 僕もハルと同じで国語は苦手だ。毎回赤点だった。その代わり理数系は得意なので、今は理系コースに進んでいる。作詞とは関係ない話だけど。
「舞くんはできないの?」
「うーん、やったことないからなぁ。想像つかないかも」
 難しい顔でまたペットボトルを転がし始めた。
「じゃあさ、何か既存の曲に歌詞つけみてよ。それでセンスあったら頼んでみるってことでどう?」
 僕は提案してみた。我ながらいいアイディアだと思う。舞くんが作詞すれば、曲にあったイ
メージの詞がつけられるし、もし合わない箇所があればどんどん直していくことだって可能だ。
 ハルもこの提案に賛成らしく、舞くんの方を見た。
「わかった。きっしー先輩、やってみるよ」
 舞くんはそう言って、ペットボトルのふたを開けた。すると、転がしていたせいか、泡がシュワッと大量に出てきた。その泡を吸い込もうと、舞くんはペットボトルに口をつけたが、逆にむせてしまっていた。
 僕らはこぼれた炭酸飲料を雑巾で拭いてから、舞くんに明日までに一つ詞を書いてもらうということを決め、今日のところは解散した。

「持ってきたよん」
 舞くんは持ってきたMP3プレイヤーと歌詞を書いたノートをハルに渡した。
 今日から一年生が登校しているので、僕らは屋上に集合していた。もちろん、と言っていいのかはわからないが、今日もユーイチくんが一緒だ。
「舞、授業中に書いてたな」
 ユーイチくんが舞を軽く睨んだ。ハルの手に渡ったノートの表紙に、大きく「数Ⅱ」と書かれていたからだろう。舞くんはそんなユーイチくんに気づきもしないで、恥ずかしそうにハルの様子をうかがっている。
「なんとなくエアロスミスの曲に合わせてみたんだけど」
 ハルは無言でMP3プレイヤー付属のイヤホンを耳につけ、曲にあわせて詞を見ていたが、一分も経たないうちに、耳からそれをはずした。
「……倫、見るか?」
 そう訊ねられ、僕は無言でイヤホンを受け取り、歌詞を見た。

『夢ってなんだ 夢ってなんだ(繰り返し×2) 夢ってなんだろう 夢って食べられる? 夢って女の子 なんかかわいい名前だよね ゲッチュ!』

「……」
 これは無言になるよね。センスないのにも程がある。これを認めたら、世界中の詩人から大バッシングがきそうだ。っていうか、もしかしてハル、自分で断れないからって僕に振ったのか?
僕はキッとハルの方を向いた。ハルは「お前が言いだしっぺなんだから、お前が断れ!」と言いたそうな表情だった。酷いヤツだ。舞くんはというと、キラキラした目で僕の方を見ている。何か感想を言わないと。
「え、えーと、あ、新しい感じの歌詞だね。で、でも、僕らの音楽に合うかなぁ」
「でもさ、合わないところは直していけばいいんでしょ?」
 舞くんは素直だ。言ったことも素直に受け取ってくれる。だけど、時にそれは罪になるよ。その無邪気な顔は、今の僕にとっては最強の凶器でしかない。
「貴志川先輩、ちょっと見せてください」
 うろたえた瞬間、ユーイチくんが、僕の手からパッとノートを取った。それをぱらっと見る。
「これは酷い」
 言った。ハルでさえ言えなかった言葉を、ズバリ言った。舞くんにはちょっと悪いけど、僕は心の中で、ユーイチくんに拍手を送った。
 その言葉を聞いた舞くんは、さっきの無邪気な顔をみるみる曇らせ、今すぐに泣きそうな表情になっている。これはやばいぞ。
「あ、それでも、これから作詞も勉強していけば……」
「貴志川先輩、舞を甘やかさないでください。すぐ調子に乗りますから」
 ユーイチくんがぴしゃりと言った。こいつはやっぱり舞くんの親御さんに頼まれているくらいのことはある。ダメなものはダメと、しっかり躾けている。まぁ、幼馴染っていうのも色々大変そうだな……。
「仕方ないな、やっぱり外部に頼むか」
 ハルはいつものようにギターの練習をしていたのだが、肩からギターを下ろしてマーガリンとジャムの入ったコッペパンにかぶりついた。
「外部って、どこかあてはあるの?」
 僕も買ってきたアンパンをほおばりながら、ハルに聞いた。そもそも僕らは学生だし、まだメンバーも全員集まっていない状態である。もちろん曲も全くできていない。そんなバンドに歌詞を提供してくれるような変わり者はいるのだろうか。そんな僕の心配はよそに、ハルはいつものようにニヤリと笑った。
「まぁな。全員飯食ったら、情報処理室に集合だ」
 情報処理室? 歌詞と全く結びつかないんですけど。ともかく僕らは、早急に食事を済ませ、ハルのいう通り情報処理室へ行った。

 昼休みの情報処理室は、生徒に公開されているせいか、かなり混雑していた。しかし、運良く一台だけパソコンが空いていたので、すぐその席を陣取って、電源をいれた。一台のパソコンを四人が囲むと、ちょっと見にくい。しばらく起動に時間はかかったが、その間全員無言でパソコンの画面を見つめていた。
 起動したらすぐにインターネットに接続し、あるホームページにアクセスした。
「『歌ひろば』?」
「ああ、これは自作の歌詞を投稿できるサイトでな。前から気になっていた作詞家がいたんだよ」
 まぁ、作詞家っていってもプロではないけどな、とハルは付け足した。なるほど、ここで詞
をアップしている人に作詞を頼むって訳か。受けてくれるかどうかはわからないけど、自分の
作った詞をアップしてるってことは、それなりに自分の詞を見てもらいたいっていう気持ちが
あるはずだ。そういった人なら、もしかしたら快くオーケーしてくれるかもしれない。望みは
あるってことか。
「で、この『Cyber Punk』ってハンドルのヤツに頼んでみようと思ってる」
「さ、さいばー・ぱんくですか?」
 ユーイチくんは名前をオウム返しした。
 僕らはこのハンドルネームを使っている人の詞を、いくつか見た。
 なんて例えればいいのだろうか。ひと言で表すと、めちゃくちゃパンクだ。名前で「パンク」を名乗っているだけある。かといって、詞自体小難しいことは書いていない。すごくわかりやすい。そして勢いがある。ただ問題は、若干放送禁止用語とか、出版コードに引っかかる表現をしていることだ。それ以外を除けば、僕はこの作詞家が気に入った。見つけてきたハルは当然ながら、舞くんも気に入ったようだ。ただ、ユーイチくんはやっぱり乗り気ではないらしい。爪を噛んで落ち着かない様子だ。そりゃそうだろう。ただでさえ何をやらかすかわからない面子が揃っているのに、それのやる気に火をつけるようなものだものな。
「でも、どうやって連絡するの?俺らただでさえバンドメンバーも揃ってないのに」
「連絡はメールアドレスが載ってるから、メールを送ってみる。メンバーのことや曲のことは正直に言う」
 ハルは随分あっけらかんと言った。でも、本当にそんなことを正直に言って引き受けてくれ
るのだろうか。
「まだ昼休みの時間はあるな。ここでメール打っちまうか」
 そう言って、ハルは一通り僕らの状況をメールに書き、作詞の依頼をした。ただ、まだ曲は
できていないので、とりあえず既存の曲にあわせて一曲、試しに書いてほしいとお願いした。こっちの方がお願いしていて立場は低いのに、『詞を試しに書いてみてほしい』なんてずうず
うしいお願いまでするところが、ハルのすごいところである。だが、メールの最後に『僕達は
停学、最悪退学をかけて演奏します。だからそれに見合った本気の歌詞を書いてほしいので、
無礼は承知ですが、何卒宜しくお願いします』と、一応フォローの一文が書かれていた。
「よし、送信」
 ハルは僕と舞くんにメールの内容を確認した後、送信ボタンをクリックした。
「あとは返事がくるかだね」
 僕は正直、あまり期待していなかった。しかも、数日後、その返信と詞を直にもらうことに
なるなんて、きっと誰も想像していなかったと思う。

 メールを送って何日か経った。
 僕とハルは、いつものように昼休みに屋上へ集合していた。
「ハル、メール返信来たの?」
 僕が聞くと、ハルは首を振った。
 やっぱり突然よくわからない人から「僕らのバンドの詞を書いてください!」なんていわれたら、なかなか返事できないよな。しかもお試しで、既存の曲に合わせて詞を書いてくれ、なんて失礼なことまで書いて。
 二人してテンション低く昼飯を食べようとしていると、屋上の錆びたドアの開く音がした。舞くんとユーイチくんだった。
「先輩達ゴメン! 購買混んでてさあ、結局コンビニでお昼買ってたんだ。」
 舞くんは頭をかきながら、軽く謝った。
「遅くなってすいませんでした」
 意外だった。舞くんはともかく、いつもは僕ら(主にハル)を敵対視しているユーイチくんも謝罪の言葉を述べたのだ。
「ユーイチは別に来なくてもいいんだぜ? バンドの打ち合わせなんだからな」
 購買で買ったチキンカツロールを口に運ぶ前に、ユーイチくんに先制口撃。でも、今日のユーイチくんは少し様子がおかしかった。
「これ。直に渡した方が早いと思って。本当は協力したくなかったんですが、毎日毎日返信を待たれるのも見てられなくて」
 そう言って、今にもチキンカツロールを口にしようとしていたハルに、ノートを一冊おしつけた。
「僕、曲作れないんで、色んなアーティストの曲に合わせて歌詞書いてきてたんです。それ、一冊にまとめました。」
 ハルも僕も、状況がよく飲み込めなかった。とりあえず、ユーイチくんがおしつけてきたノ
ートを読んでみた。
「これは」
 先日『歌ひろば』で見た詞が書かれていた。元ネタにした曲名も書かれている。
 横から舞くんものぞいてきた。
「ユーイチ、まさかお前」
 ハルが言い終わる前に、ユーイチくん本人が顔を赤くしながら告白した。
「『CyberPunk』は、僕です」
 その言葉に一番早く反応したのが、舞くんだった。
「マジで!?」
 恥ずかしいのか、ユーイチくんは下を向いてこくりとうなずいた。ハルはというと、この驚
くべき状況が面白かったらしく、いやに上機嫌だ。
「ユーイチ、お前、普段は規則だなんだとか言ってるくせに、こんな反社会的な詞を書いてるとはな」
 ユーイチくんの背中をバンバン叩きながら、パンにかじりつく。
 それにしても、すごい偶然だ。同じ高校に通う生徒の詞が目に留まったなんて。もしかして
ハルって、何かそういったものを引き寄せる力があるのだろうか。
 そんなことを考えながら、僕はユーイチくんのノートをよく読んでみた。どの詞にも丁寧に
元ネタとなる曲名が書いてあったので、それに合わせて歌詞を読みすすめてみたが、どれもぴったり曲に合っている。しかも、うまく韻をふんでたり、センスもありそうだ。
「これだけ書ければ、バンドの歌詞も頼めるんじゃない? それにうちの生徒だし、好都合だと思うけど」
 僕はハルに言った。するとハルはユーイチくんの肩を組んで、またニヤリと笑った。
「ノートを自分で持ってきたってことは、お前も一枚かんでくれるってことだよな」
「いや、僕はどのぐらい皆に認めてもらえるかが気になって……」
 確かにあれだけ僕らが褒めていたら、他の歌詞の評価も気になってしまうのが作詞家の性な
んじゃないかな。僕も『この曲のドラム、いいね』って言われたら、他の曲のドラムはどうか
気になってしまうから、なんとなく気持ちは分かる。
 しどろもどろになって答えるユーイチくんの様子を楽しむように、ハルは耳元で囁いた。
「宜しく頼むぜ、ユーイチセンセイ」
…本人は囁いてるつもりなんだろうけど、僕にはしっかり悪魔の声が聞こえた。
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