Vol.2 RUNNER‘S

文字数 6,074文字

 『青春するためにバンドをやろう!』と言い出したハル(基がこう呼べって言った)だったが、実際春休み中はお互いバイトやらサポートやらで忙しく、メールで多少やり取りしただけで特段何かが大きく変わるといったことはなかった。
 そして、あっという間に僕達は三年生に進級したのだった。
 今日から新学期。今日は一応オリエンテーリングということになっているが、僕とハルは屋上にいた。そんなものだるくてやってられない。高校生活最後の春くらい、好きなことさせてくれってことで、抜け出してきたのだ。
 二人顔を合わせるのは、三月の終業式以来だったりする。結局バンドっぽいことしてないじゃん! という感じではあるが、個人練習は毎日やっていた。ただ、バンドとして致命的なものが僕らには欠けていた。
「で、そっちは心当たりあったのか?」
「ううん、うちの学校でバンドのボーカルやってる子は、軽音部のヤツ以外にはいないみたい」
 僕らのバンドには、ボーカルがいない。いや、言い方を変えよう。ギターとドラムしかメンバーがいない。これじゃ、バンドとして成立しない。
「そうだ、ハルがボーカルもやればいいんじゃない」
 我ながらいい提案だと思った。ハルがボーカルもやれば、ベースを加えるだけで一応はバンドとして成立する。だが、ハルは断固として拒否した。
「俺は絶対やらん」
「なんで」
 しばらく間をおいてから、ぼそっとハルは答えた。
「……音痴だから」
 僕は意外すぎるハルの答えに、思わず吹きだしてしまった。ハルは笑われたことにムッとしたのか、下を向いて赤面した。
「ともかくあとベースだろ? それとキーボードは絶対入れたい」
 ハルは話題を変えようと、勢いこんで立ち上がった。練習しながら話していたので、肩にはギターがかかっている。
「キーボードはいらないんじゃない?」
「いや、絶対いる」
 ハルはやけに頑固だった。キーボードがいなくても、別にバンドとしては十分機能すると思うんだけどな。
 僕らが言い合いをしていた矢先に、下から叫び声が聞こえた。
「ん? 何だ」
 言い合いは一時休戦して、僕ら二人は屋上から下を見た。すると金髪の少年が何か叫びながら中庭を颯爽と横切った。その後ろを追うように、風紀のゴリ山……いや、剛山先生他教師陣と、一人の生徒が走っていった。
「今の絶叫、すごかったな」
「うん、足も速いね。二年生かな。先生達、バテちゃってるよ」
 二人して鬼ごっこにすっかり見入ってしまっていた。
 教師陣が一人、二人とどんどん脱落していった中、最後まで金髪少年を追っかけていた生徒も、結局は植え込みのところでダウンした。
「あの子惜しかったね。最後まで追っかけていって、根性あるのに」
「あー……あいつ、知ってるわ」
 ハルは思い出したように、つぶやいた。そしておもむろにギターをしまうと、校舎へ戻ろうとした。
「ハル、教室戻るの?」
「いや、あいつに会いに行こうと思って」
「あいつって、金髪の子を追っかけてたヤツ?」
 無言でこくりと頷いて、ニヤリと笑った。
「あ、あいつってどんなヤツなの?」
 しばらく間を置いて、ひと言。
「……ムカつく」 
 ハルはそのまま無言で屋上のドアに向かって歩いていく。やばい、あの子ボコボコにされるかも……。心配になった僕は、ハルを追って屋上を後にした。

「あいつのところに行くんじゃなかったの?」
 着いたところは正門前だった。オリエンテーションが終わったらしく、二年、三年の生徒が駅に向かって歩いていく。その様子をハルは、じっと見つめていた。というか、睨みをきかせていた。正門を通る生徒がハルの威圧に怯えている様子を見て、一緒にいるこっちが恥ずかしくなった。
「ハル、ここにあいつ来るの?」
 無言。返事なし。ただじっと、生徒の群れを睨んでいる。しばらくすると、一人の生徒がこちらに駆け寄ってきた。さっき金髪の生徒を追っていた『あいつ』だ。
「基先輩!」
 急いできたらしく、肩で息をしている。しばらくして呼吸が落ち着いたと思ったら、開口一番怒鳴られた。
「こんなところで生徒にガン飛ばさないで下さい。血の気の多いヤツがいなくてよかった。下手したら、ケンカが始まってますよ」
「ああ、すまん」
 わざとらしく謝るハル。まさか、君を呼び出すためにガン飛ばしてました、なんて僕の口
からは到底言えません。そんな訳で僕はただ黙って、ハルの斜め後ろに立っていた。しかし、
ハルの仲間と見なしたらしく、僕まで追及されるハメになった。
「僕は生徒会副会長で二年の今井優一です。基先輩と同じクラスの方ですか」
「ええと、まぁ」
 曖昧に返事をして、目線を逸らした。が、彼の追及は終わらない。
「失礼ですが、お名前をお聞きしてもいいですか?」
貴志川倫(きしかわ・りん)。俺と同じクラス」
 僕が答える前に、勝手にハルが答えた。今井くんは僕とハルの顔を交互に見つめて、自分の
生徒手帳に何かメモりながら質問した。
「先輩方は何で、こんなところでガン飛ばしてたんですか」
「愛しのユーイチくんに会いたくてな」
 背筋がぞくっとした。真顔でそういうことを言うな、マジで恐い。だが、そんなハルを軽くいなして今井くんは続けた。
「何か用ですか。っていうか、用があるなら普通にクラスか生徒会室に来てくださいよ」
「お前のクラス知らねぇし、生徒会室は行きたくない」
 なんつーフリーダムな解答。僕は二人のやり取りをそばでボーっと聞いていた。二人の会話のペースは、やけに淡々としていてリズミカルだ。内容があるないは別として。
「ユーイチ、さっきお前、金髪の小僧追いかけてただろ。あいつ誰だ?」
 金髪の少年……さっき全力疾走していた子か。ハルはあの子に何の用があるんだろう。もしかして、金髪が自分の茶髪より目立つから、シメようと思ってるんじゃ……。
「先輩、まさかシメるとか言いませんよね?」
 僕と今井くんの考えは一致したらしかった。一瞬ハルのことを睨んだ今井くんだったが、すぐ腕を組んで考えだした。
「いや、だけど一度シメてもらった方がいいのか……?」
 物騒なことをつぶやき出した。おいおい、生徒会副会長がそんなで平気なのか?
「そんな用事じゃねーんだけど、シメた方がいいのか?」
 ハルまでつられてそんなことを言いだした。
「そういう訳ではないですが、最近マイのヤツ調子にのってて手におえないんですよ。先生方にまで目を付けられてしまって」
「マイ?」
「あ、あいつの名前です」
 女の子みたいな名前だな。僕もハルも人のことは言えないけれど。でも、先生達にまで目を
つけられるって、よっぽどのやんちゃ坊主なのか。もしかしてハルみたいによそでケンカしま
くってたりするのだろうかとも思ったのだが、今井くんの話からすると、ハルとはまた違った
意味で問題児らしかった。
 マイこと久瀬舞くんは、今井くんとは家が近所で、小さい頃からの幼馴染らしい。久瀬くん
は昔からスポーツ万能で、うちの高校にも推薦で入学したようだ。はっきり言って、これはか
なりすごいことである。うちの学校は進学校で、偏差値も県内一位だ。それなのにスポーツ推
薦で入学したってことは、県大会で優勝かそれ以上の成績を残していることになる。やっぱり
久瀬くんは空手で全国大会第三位だったらしい。
 当然ながら空手部に入部したが、恒例の新入生歓迎マラソン大会で優勝してしまったため、掛け持ちでもいいからと陸上部を中心に色々な部が彼を勧誘してきたようだ。それで放課後よく勧誘のヤツらから追っかけられている。そのせいでかなりの有名人になっていた。
「舞のやつ、昔から目立ちたがり屋なんですよ。勧誘に来た先輩方に『自分を捕まえることができたら入部する』なんて言ったらしくって、それから鬼ごっこが始まっちゃって。幼馴染ってことで、いつの間にか僕が舞を止める役みたいになっちゃうし」
 今井くんもなかなか苦労しているようだった。彼は見た目細身で、そんなに体力があるようには見えない。それなのに毎日全力疾走していたら、体がもたないだろうな。
「シメる訳じゃないのなら、舞に何の用なんです?」
今井くんはハルに聞いた。幼馴染ってこともあるのか、ほぼ保護者状態だ。
「ああ、それなんだけど」
「ユーイチー!」
 ハルが用件を言おうとしたとき、ちょうど本人がこちらに向かって走ってきた。たださっきと違うところは、頭の色だ。微妙に黒く染まっている。
「ゴリ山に染められたぁ」
 久瀬くんは今井くんに泣きついた。上から見たときはよくわからなかったが、久瀬くんは意外と小さかった。慎重一六〇ちょっとくらいかな。一八〇ある僕と比べると、頭一つ分くらい違う。しかもかなりの女顔。こんな子が、空手で全国第三位とは。『すごい』のひと言だ。
 今井くんは泣きついてきた久瀬くんをなだめるかと思ったら、とどめのひと言。
「目立ちたいってだけで、金髪なんかにするからだよ」
今井くん、実は呆れているのか? 半分べそをかいている久瀬くんに冷たく言い放った。
「久瀬舞か」
 二人のやり取りをじーっと黙って見ていたハルだったが、突然口を開いた。そして、いきなり久瀬くんのブレザーの襟元をつかむ。
「な、何!」
 いきなり襟元をつかまれた久瀬くんは、驚いたようにハルを見つめた。今井くんも突然のことだったので、目を丸くして二人を見つめていたが、すぐにハルを止めようとした。
「基先輩、下級生相手に暴力は止めてください!」
「ユーイチ、こいつ何なんだ!」
 焦る久瀬くんに、ハルはこう言った。
「舞くん、つーかまーえた」
 相変わらず無表情で低音ボイスなのに、軽快に「つーかまーえた♪」って……。周りがその猟奇っぷりに凍りついた。
「ここじゃ何だし、ちょっと場所を移動するか」
 正門前で集まっている僕らは、いつの間にか下校する生徒の注目の的になっていた。
 ハルは嫌がる久瀬くんの襟元を引っ張って、ずかずかと校舎へ入っていく。久瀬くんを心配した今井くんと僕は、二人についていった。ハルは一体何をしたいんだ。やっぱり全くわからない。
 
 僕らは一年生の教室に入った。入学式は明日だから、教室にはまだ誰もいない。僕らは何となく、教壇の前に集まった。
「三年の先輩が、俺に何の用なの?」
 久瀬くんは、ハルに引っ張られていたところを直しながら、物怖じせずに聞いてきた。小柄だけど、結構肝が据わっている子なのかな。
「お前のことを捕まえられたら、部活掛け持ちしてくれるんだってな」
 ハルがいきなり切り出した。
「そうだけど。あ、今のは無しだよ! 不意打ちじゃん。」
 久瀬くんは頭を左右に振って嫌がった。そんな彼の様子を無視して、ハルは話を進めた。
「お前にも好都合な話だ。なんてったって、バンドの要、ボーカルだからな」
 そうか。ハルはさっきの久瀬くんの絶叫を聞いて、ボーカルにしようとしてたのか。確かに、 さっき聞いたあのハイトーンボイスの絶叫は、耳に残った。彼がボーカルっていうのもアリかもしれないな。
 歌がうまいか下手かどうかなんて、僕は正直どうでもいいと思っている。ボーカルは勢いだ。あと、体力があれば尚いい。久瀬くんはその二つをクリアしている。
 一人で納得していると、久瀬くんが小首を傾げて聞いてきた。
「バンド? ボーカルって、何の話?」
「俺と倫でバンド組んでるんだ。そこでお前にボーカルとして入って欲しい」
 ハルは真剣な顔で、久瀬くんを見つめた。ああ、この目だ。ハルはバンドの話になると、いつも人の心を刺すような、何とも言いがたい目つきになる。相手を見ているのではない。多分、僕が思うに、相手の先にある何かを見ているのだろう。その『何か』っていうのはわからないけど。
ハルは僕にも了承を得るために、目で合図した。僕はそれに黙って頷いた。
「やめた方がいいよ」
 返事をしたのは久瀬くんではなく、今井くんだった。
「ユーイチ、お前には関係ない。俺は舞と話してるんだ」
 ハルはそんな今井くんの態度にムッとしたらしい。怒った口調で返した。
「関係ありますよ。基先輩はケンカっ早いじゃないですか。バンド活動で揉めて、舞まで巻き添え食ったら、二人とも退学かもしれませんよ」
 今井くんもズバッと言うなぁ。ただちょっと過保護すぎる気もするけど。でも、彼のいうことはもっともだ。僕はどちらかというと目立たないタイプだから、その分教師陣からはノーマークだけど、ハルや久瀬くんみたいな見た目からしてハデなタイプは、ちょっとでもハデな行動を起こせば停学、最悪退学なんてことになるかもしれない。
 二人の話をじっと聞いていた久瀬くんだったが、真剣に話している今井くんの気持ちとは裏腹に、嬉々として声を上げた。
「俺、ボーカルやるよ。目立てるんでしょ?」
「舞、今の話聞いてたか? 揉め事起こしたら退学になるんだぞ」
 今井くんは何とか久瀬くんを思い直させようと必死だ。
「悪いけど、倫も停学くらいは覚悟していて欲しい」
 ハルは二人に聞こえないように、僕にこそっと耳打ちした。しかし、いきなりのハルの告白に、思わず僕は「ハァ!?」と大声を上げてしまった。
「ちょっと待ってよ、六月までの期間限定バンドなのに、リスク大きすぎるよ!」
 僕はかなり不安げな声でハルに迫った。たかがバンドなのに、停学? 受験前なのにそんなものくらったら、相当なダメージだ。
「倫、諦めろ。お前だって本音は面白そうだと思って参加してるんだろ?」
 ハルは相変わらず強引だ。確かに今までの学生生活は、僕にとって退屈で平凡なものだった。だから最後くらい面白いことをしたいという気持ちがあって、ハルの誘いに乗ったんだと思う。でも、今ひとつ覚悟ができていない。
「今面白そうなことが目の前に転がってるのに、それを放置して、受かるかどうかもわからない大学のことなんか心配しても、時間の無駄だと思わねぇか?」
 ……うーん、ハルの言うとおりなのかな。確かに大学に百パーセント受かるなんて確証はな
いんだし、それだったら今を思う存分楽しんでもいいのかもしれない。なんだか洗脳されたのか、僕の中にもノーフューチャー精神というものが芽生えてきた。
「あーもう、わかったよ! 僕も覚悟決める。その代わり、思う存分楽しませてもらうからな!」
 僕は逆切れして叫んだ。ああ、もうどうにでもしてくれ! って感じだ。
「そもそもさ、先輩達も俺も、揉め事なんて、起こさなきゃいいじゃん」
 久瀬くんは、今井くんや僕がごたごた言っている状態を見つつ、至極真っ当な意見を言った。まぁ、そうだよね。別に問題を起こすとは限らないんだし。
「そうそう。起こさなければいい」
 久瀬くんに同調するように、ハルがこくこくと頷いた。前言撤回。ハルは絶対何かしでかすつもりだ。笑顔なのに目の奥は笑っていない。
 今井くんも何か言いたそうだったが、当の久瀬くんは目立てる場所を提供されたことでご満悦だ。こんな満面の笑みを見せられたら、何も言い返せないだろう。がっくりと肩を落とす今井くんが、ちょっとかわいそうだった。

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