第6話(3)技師の好奇心

文字数 1,533文字

「……」

「あ、あの、藤花さん……」

 藤花が振り返って楽土を見る。

「なにか?」

「いえ、この道を進むのは少々危険では?」

 楽土が往来の多い街道を指し示す。

「山道などを行くことも考えましたが、そちらが大変でしょう……」

 藤花が技師のことを指差す。

「ああ……」

 楽土が頷く。

「まあ、案外この道でも大丈夫でしょう……」

「良いのかね?」

 技師が口を開く。

「なにがだい?」

「いや……私が馬に乗っていてもさ……」

 これまで楽土が乗っていた馬に技師が乗っている。

「お馬さんは二頭しかいないからね」

「しかし……」

「ごくごく普通のお嬢さんを歩かせるわけにもいかないでしょう」

「楽土さんは……」

「大丈夫ですよ」

 楽土が優しい笑みを浮かべる。

「そう、丈夫ですからね、楽土さんは」

 藤花が頷く。

「ああ……」

「それについては貴女の方がよくお分かりでしょう? 楽土さんの体を隅から隅まで隈なく一晩かけてじっくりと調べたのですから……」

「と、藤花さん、誤解を招くような発言はやめて下さい!」

 楽土が慌てる。

「昨晩はお楽しみでしたね……」

 藤花が怪しい笑みを浮かべる。

「だからやめて下さい!」

「戯言ですよ」

「戯言でもやめて下さい」

「まあ、確かに色々と楽しめたね……」

 技師がボソッと呟く。

「ぎ、技師さん⁉」

「冗談ですよ」

「冗談もやめて下さい」

 楽土が頭を軽く抑える。

「しかし、本当に良いの?」

「ん?」

 技師の問いに藤花が首を捻る。

「私に馬を与えてしまって」

「どういうこと?」

「いや、逃げ出すかもしれないよ?」

「ああ、それは大丈夫」

「え?」

「アンタ、馬にそれほど慣れていないでしょう」

「う……」

「仮に逃げ出したとしても、すぐに捕まえられるさ……」

「むむ……」

「それに……」

「それに?」

「技師としての本能が、逃亡することを良しとはしないはず……」

「本能?」

 楽土が首を傾げる。

「零号と拾参号に接することの出来る貴重な機会を得たんだ」

「!」

「好奇心が疼いてしょうがないんじゃないの?」

「……なかなか鋭いね」

 技師が笑みを浮かべる。

「アンタらの考えそうなことくらい分かるさ」

「……そりゃあ、伝説の零号だからね。まさかお目にかかれるとは……」

「伝説とはまた大げさだね……」

 藤花が苦笑する。

「そして、まさに風の噂では聞いていた拾参号……」

 技師が楽土の方を見る。

「む……」

「その体……興奮を抑えきれないよ……」

 技師が楽土の体をなめまわすように見つめる。

「ちょ、ちょっと、その視線やめて下さい!」

 楽土が思わず自らの体を抑える。

「良いじゃないですか、別に減るものじゃないし」

「そうそう……」

 藤花の言葉に技師が笑顔で頷く。

「冗談や戯言はやめて下さい!」

「いいえ」

「はい?」

「本気ですよ」

「な、尚更質が悪い!」

 楽土が技師に向かって声を上げる。

「まあ、楽土さんをからかうのもなかなか楽しいけど……」

「からかわないで下さい!」

 藤花は楽土の抗議を無視し、技師に語りかける。

「話を変えようか」

「変える?」

「というか、戻すことになるのかな?」

「何が言いたいのさ?」

「いやいや、しらばっくれなくても良いよ」

「え?」

 技師が首を傾げる。

「こうして楽土さんが歩かせているのはアンタにとっても都合が良いんだろう?」

「ふっ……」

 技師が小さく笑う。

「どうなんだい?」

「やはり鋭いね……」

「ということは……」

「ああ、楽土さんの脚部をさらに強化した。健脚という段階を優に超えているよ」

「ええ⁉ いつの間に⁉」

 楽土が驚く。技師が答える。

「寝てる間に」

「なっ……」

「健脚を超えて……もはや剛脚だね」

「試してみるか……!」

「それは良い考えだね……!」

「ちょ、ちょっと待ってください⁉」

 突然馬を走らせる藤花たちを、楽土は慌てて追いかける。
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