第7話(3)楽土の速さ

文字数 1,881文字

「あ、戻ってきた!」

 技師が藤花を指差す。楽土が問う。

「大丈夫でしたか?」

「なかなか骨が折れました……」

「そうですか」

「……冗談だったのですけど」

「はい?」

 楽土が首を捻る。藤花が静かに首を振る。

「いや、いいです……」

「は、はあ……」

「というわけで……後はお任せしますね」

「え?」

「残りは五人残っています」

「な、何故そんなことが分かるのですか?」

「仕込み針を飛ばして、すべてかわされたからです」

「! 適当に飛ばしていたのではないのですか?」

 楽土が驚く。

「……色々と考えているんですよ、私も」

「ほ、ほう……」

「残り五人、まあ、なんとかなるでしょう」

「五人ですか……」

 楽土が周囲を見回す。

「お馬さんは任せておいてください」

「わ、私は⁉」

 技師が声を上げる。

「ああ、ついでに技師さんもね」

「ま、またついでって言った!」

「はいはい。ちょっと落ち着いてちょうだい」

「では、お願いします……」

 楽土が頭を下げる。藤花が頷く。

「ええ……」

「ふう……」

 楽土がゆっくりと前に進み出る。

「……」

「警戒して出てこないか……」

 藤花が呟く。

「家屋の中に潜んでいる……?」

 楽土も呟く。

「………」

「それならば……ふん!」

「!」

 楽土が投げ込んだ盾が勢いよく飛び、周囲の家屋を次々と突き破り、空中で弧を描いて戻ってくる。楽土はその盾をがっしりと掴む。

「た、盾はそんな風に使うものではないだろう……!」

 楽土の投げた盾によって下半身が千切れそうになった黒脛巾組の男が、崩れそうな家屋から出てきて、楽土に対して思わず声を上げる。

「……それはあなた方の決めつけです」

 楽土が冷静に答える。

「ちっ……しかもなんていう馬鹿力だよ……!」

 男が倒れ込んで事切れる。同時に周囲の家屋が崩れ落ちる。その中から首のない死体も確認される。楽土はそれを見て拝み、視線を他に移して呟く。

「後、三人……」

「ちっ、ふざけんな! 化け物が!」

「む!」

 楽土が盾を上げて防ぐ。盾に何かが立て続けに突き刺さった。確認してみると三本の苦無が突き立てられている。舌打ちが聞こえる。

「ちいっ!」

「頭、首、心の臓を正確に狙ってきたのか……」

「そうだよ、だが、本命はこっちだ!」

「はっ⁉」

 楽土が盾を上げたところをかいくぐって、黒脛巾組の男が低い姿勢で飛び込んでくる。その手には刀がしっかりと握られている。

「もらった!」

「ぐっ!」

「ぐおっ⁉」

 楽土が咄嗟に左足で黒脛巾組の男の腹を蹴る。男は後方に思い切り吹き飛び、二、三回、派手に転がった後、仰向けになった。目は見開かれ、口からは血が大量に吐かれている。ほとんど一瞬で絶命したものと思われる。

「左足の蹴りというのが今まで一番自信が無かったのだが……」

「…………」

「蹴りの威力も上がっているのか? 我ながら恐ろしいな……」

 楽土が自らの左膝のあたりをさすりながら呟く。

「ば、化け物め!」

「ま、待て! ここはひとまず撤退だ! 俺たちの手には到底負えない!」

 男たちの慌てるような話し声が聞こえてくる。

「くっ……」

「逃げるぞ!」

 黒い影が二つ、それぞれ別の方向に動く。

「なんて怪力だよ! 噂以上だ!」

「だが、速さなら十分撒ける!」

「……申し訳ないが見逃すわけにはいきません!」

 楽土が廃村の家屋の間を縫うように走る黒脛巾組の男に簡単に追いつく。

「なっ……⁉」

「ふん!」

「ぬおっ⁉」

 楽土が盾を横に薙ぐ。胸部を斬りつけられた男がその場に崩れ落ちる。

「もう一人……!」

 楽土が視線を素早く動かす。

「今の声、やられたか⁉ くそっ! だが、こっちなら……」

 もう一人の黒脛巾組の男が木々を伝って逃げる。

「……逃がしません!」

「なっ……その体躯で木登りを⁉」

「はあっ!」

「うぐっ⁉」

 楽土が右腕を伸ばして、男の頭をがっしりと掴む。そして力を込める。

「……むん!」

「ぶおっ⁉」

 鈍い音がして、男は木から地面に落下する。木からゆっくりと降りてきた楽土は自身の右の掌をまじまじと見つめながら呟く。

「利き手じゃないほうの手でもこれほどまでとは……」

 そこからやや間を置いて、楽土は藤花たちの下に戻る。藤花が声をかける。

「思ったよりも早かったですね……」

「足の速さもそうですが、力も上がっています。これは……」

「私たちはどうやら優秀な技師さんを引き当てたようです」

 藤花は技師の方に視線を向ける。楽土が改めて自らの手を見つめて呟く。

「力を制御することが難しそうだ……」

「……そんなことを言って、格好をつけている場合では無いかもしれませんよ?」

 藤花が視線を向けた先には新たな黒脛巾組の者が二人立っている。
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