第4話 知らなかった名前とゴスロリを着た絶望

文字数 5,816文字

                                パート   山登チュロ

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 まるで、全てが悪い夢だったのではないかと思うくらい、あっという間の出来事だった。

 だけど、未だ震えが止まらない体と、今や廃墟と化してしまった公園が私に現実を突き付けてくる。

 私が助けようとしたおじさんは、灰となって消えてしまったのだと。


「あ……嫌……」


 ようやく現実を受け入れ始めた頭の端から濁流のように押し寄せてくる失意と、今まで経験したことのないような恐怖に触れた感覚は簡単に私の膝を折り、意識を遠のかせるには十分だった。

 ふらりと倒れていく感覚、閉じていく視界の隅っこで先輩が慌てて私に手を伸ばしたのが見えた。

 余程慌てたのか、先輩は構えていた武器を落としていた。

 あれ?いつの間に武器何て構えたんだろう……先輩は動けてたのかな?……っていうか、女の子に武器を向ける先輩って初めて見たな……


「おい、クレア!しっかりしろ!待ってろよ今……!」


 先輩が私の名前を必死に呼んでいる。

 情けない話だけど、その記憶を最後に私は意識を失った。




◆         ◆         ◆


「知らない天井だ……」


 初めて泊まる宿で、いつも寝坊助な先輩を起こしに行くたびに聞いた先輩の口癖が私にもうつってしまったみたいだ。と、そんなことは割とどうでもいい。

 問題なのは、ベッドと文机があるだけのシンプルな部屋に、私のよく知る人物がいるということだ。


「起こしちゃったか?」


 まったくこの人は悪びれもせず……!

 声を上げて怒ろうかと思ったが、窓の外はまだ暗かった。

 それに、なんだか力も入らない。服も寝間着ではなく、昨日来ていた服のまま。


「あっ、そうだ、私……」


 気を失ったんだ。ということは、先輩が私をここまで運んできてくれたのだろう。

 それなのに、私は……


「ごめんなさい……」


 素直に謝罪の言葉が出た。

 感情を優先して自分勝手な行動に出たこと、気を失って迷惑をかけたこと、私を運んでくれたのに一番最初に疑いから入ってしまったこと。

 たった一言でも、私の口から出たこの一言にはそれだけの意味が込められている。

 ベッドの上で上半身だけを起こし顔を伏せるだけの、見方によっては失礼になる謝罪。

 でも、するとしないとじゃ大違いだ。

 自分が冷静になったのを確認してからゆっくりと顔を上げる。

 窓から射し込む月明かりに薄く照らされた先輩の顔は優しそうに微笑んでいて、ドキリと心臓が跳ねるのを感じた。


「いいんだ。普段からクレアに疑われるようなことばかりしている俺も悪いからね」


 あれ?謝罪の内容はまだ言ってない筈なのに……


「君の考えていることくらいわかるよ、それに、迷惑だなんてとんでもない、君と俺の仲だろ?気にするな」


 な、なんだろう。今の先輩はカッコいい……私のことを名前でもお前でもなく「君」と呼ぶなんてまるで、出会ったばかりの頃みたいな……

 夢かと思って頬を引っ張ってみたけど、普通に痛いだけだった。……痛い。

 ぼーっと先輩を見てしまったのが恥ずかしくて、少し視線を横に向けると文机の上にいくつかの薬瓶が置いてあることに気が付いた。


「あれ?先輩、その瓶……」

「ん?ああ、少し調子が悪くてね。薬を飲んだんだよ。って、そんな泣きそうな顔をしないでくれ!大丈夫、あの女の子に飲ませたような薬じゃないさ。死にはしないよ」


 薬と聞くと、どうしてもあの女の子を思い出してしまう。喧嘩をして、魔物になり、最後は灰になってしまった女の子。もし、先輩があの女の子のようになってしまったら……嫌だ、考えたくない。


「そうですか、よかった……」


 今は、そう答えるので精一杯だった。きっと大丈夫だよね、先輩は冗談は言うけど、嘘はつかないから……

 実は先輩は凄いんだ!先輩は不思議なものをいっぱい持ってる。

 例えば、いくらでも物が入る背嚢だったり、「タブレット」とか言う便利な魔道具とか、あと薬も薬も……

 起きたばかりだけど、、また眠気が襲ってきたせいで考えがまとまらなかった。


「まだ、夜だからゆっくり休むといい」


 私の目を見てにっこりと微笑む先輩がかっこよくて、ついシーツで顔を隠してしまった。

 何もやましいことは無いんだけど、こっそりとシーツから目だけを出すと先輩が胸のあたりを苦しそうに抑えていた。


「先輩!?」

「ん?どうした?」


 あれ?先輩は何でもないようなふるまいだった。

 私の錯覚かと考えていると、先輩がいつものようにニヤリと笑った。


「はは~ん?クレアには、おやすみのキスが必要かな?」

「キ、キス!?」

「お、おう!眠れないなら俺みたいなイケてるメンズにチューしてもらえば一発で寝れるってもんよ!」


 さっきまでとは全然印象が違う先輩……だけど、この姿は一度見たことがある。

 先輩に泥棒の疑惑がかけられて先輩がイライラしていた時、私にセクハラ発言を繰り返して何かを振り払おうとしていた様子とすごく似ている。

 それなら、私にできることは何だろうか。


「せ、先輩なら……いいよ……?」


 まだ、ほとんど考えてすらいないのに私の口は自分でも驚きの言葉を紡いだ。

 体が熱い、鼓動がどんどん苦しいくらい速くなる。


「あ……」


 先輩がすっと立ち上がった。今の先輩の表情は暗くてよく見えない。


「!……」


 両肩を掴まれた。

 顔が熱いやら心臓の鼓動が速いやらでパニックになりかけていた私だけど、かろうじて前に本で見た「顔を上げて目を閉じる」ことだけは出来た。

 先輩が震える。私も震えてる。


「きゃあ!」


 目は閉じたまま急に肩を押され、私はベッドに押し倒された。


「せ、先輩それはまだ早……ぴ!」


 ……何だろう、この気持ちは……

 目を開けると、先輩が人差し指で私の鼻を豚さんにしていた。


「そういうのは、君が本当に大切だと思える人とやるもんだ。冗談を真に受けて俺なんかにファーストキスをささげるなんてもったいないだろう?」

「も、もう!!先輩なんて知らない!!!」


 私がどんな気持ちで待ってたかなんて知らないくせに!耳まで真っ赤だったくせに!!

 私は先輩に背を向けるようにして横になった。


「おやすみクレア……君は間違ってなんかいないさ」 


 何が間違っていないのだろう。それを考えるには時間が足りなかった。

 興奮した後は眠れないというけど、どうやらあれは嘘らしい。

 それでも、微睡む意識の中でいろんなことを考えた。

 私の何が間違っていないのだろう。先輩は私のことをどう思っているのだろう。私は、先輩のことをどう思っているのだろう。

 結局、何一つ結論は出なかった。



◆    ◆    ◆


 次の日、なんだか今日は先輩がおかしかった。

 朝ご飯を食べに行った食堂で、女の私が見ても可愛いと感じる給仕さんが先輩にお冷をこぼしてしまった。いつもの先輩なら鼻の下を伸ばしたくらいにして、ぺこぺこと頭を下げる給仕さんの谷間を見るくらいはする。それでいつも最後には「気にするな」といって許してしまう。それなのに今日は舌打ちをしただけだった。

 ゴスロリ少女の手がかりを探しに行った酒場で、酔っぱらった冒険者に絡まれた。いつもの先輩なら相手によって愛想笑いや苦笑いを浮かべながら自然と躱していくのに、今日は肩に組まれた相手の腕をあざができるほど握って追い払っていた。

 なんだか、今日の先輩は少し、怖い。

 少し気まずくなってきたあたりで、先輩から別行動の提案を受けた私はそれを了承すると、先輩は足早に人ごみの中へと消えてしまった。

 酒場から出てしばらく歩くと、再び食堂の前を通り、店先に出ていた給仕の女の子と目が合った。


「あはは、さっきはどうも、先輩がすみませんでした」

「い、いえ!あれは私の不手際だったので、どうかお客様はお気になさらないでください!それよりも、お連れのお客様の席に落ちていたのですが、これはお客様の物ではございませんか?」

「あっ、これは」


 先輩のぼろぼろの冒険者カードだった。まったく、先輩はこういうところが少し抜けている。


「これは確かに先輩の冒険者カードですね、このぼろぼろ具合はそうそうありませんよ」

「そうでしたか、とにかくお返し出来て本当に良かったです。その、そちらのカードは少々年季が入っていて、名前などもわからなかったので……」

「その通りですよ!名前すらわからないカードって意味がないと思いませんか?!名前……すら……」


 名前?先輩の名前は……


「お客様?」

「あ!えっとありがとうございました!今度またお礼もかねて来ますね!」

「ありがとうございます。お客様のご来店を心よりお待ちいたしております」


◆     ◆     ◆


 考え事をしながら歩いていたら、おじさんがいた公園に着いた。

 「KEEP OUT」というテープが張られたけど、私はそのテープをくぐって中に入った。私がおじさんのために作ったサンドイッチは、地面の上でぐちゃぐちゃになっていて、今は蟻が群がっている。

 私は壊れていないベンチに腰掛け、青い空を見上げながら考えた。記憶を探る。


『君、冒険者になりたいのかい?名前は?』

『……クレアか、そうか……いや、良い名前だと思ってさ……』

『ちょ、ちょっと待って!ナンパとかじゃないから!そうそう、落ち着いて』

『ああ、君とならできそうだと思ってさ』

『違う違う!ごめん!言い方が悪かった!君さ、ここに来るまでに腰が曲がったおばあちゃんやら、喧嘩して泣いてる小さい子供やら、道端で絶望した表情で俯く商人やらいろんな人に手を差し伸べてたよね?』

『ストーカーじゃないよ!結構噂になってたからさ、おせっかいを焼いて回る赤髪の女の子がいるって』

『皮肉じゃないよ、俺は尊敬してるんだ。こういうことは誰でもできるわけじゃないからね』

『何が言いたいのかか……なら、単刀直入に聞こう。クレア、君は冒険者になって何をしたい?金を稼ぐなら商人でいいだろう。戦いたいなら軍人になればいいし、自由を求めるなら無職でいた方が良い。君が冒険者を目指す理由はなんだ?』

『多くの人を幸せに……か、壮大な夢だな。別に馬鹿にしてるわけじゃない』

『それなら、君の行動も間違っていないんだろうな』

『実はな、俺が君に声をかけたのもそう思ったからなんだ』

『君となら、今度こそ多くの人を幸せにできる!……すまん、こっちの話だ……』

『パーティーを組みたい……?あ、ああ!こちらの方からお願いしたいくらいだ!』

『よろしくなクレア!君がいれば、俺は絶対に負けない』

『俺の名前?ああ、そうだなーじゃあ、「先輩」で』

『ふざけてるわけじゃないさ、いつか必ず教えるから。今は、ね?』


「私は先輩の名前を忘れているわけじゃない。私は先輩から、先輩の名前を教えてもらってないんだ」


 カラスが鳴きながら飛んで行った。気が付けばもう周りはオレンジ色に染まっていた。


「ふぅ……」


 出会った時の記憶は、なかなか鮮明に残ってくれていた。

 思い出したのは名前をはぐらかされたという事実だけ。

 いくら考えても出てこない答えに、ため息ばかりがこぼれていく。


「何で名前教えてくれないんだろう……」

「神代に連なるものだからじゃないの?」


 ゾクッ!!!!!!

 耳元で声がした。

 ほぼ、反射でベンチから飛び上がり、振り向く。そこにはやはり、ゴスロリの少女の姿があった。


「クスクス、こんばんわ赤髪さん。早速だけど選ばせてあげるね」


 ゴスロリの少女がパチン!と指を鳴らすと、空中に魔法陣のようなものが描かれ、そこからは人が出てきた。


「せ、先輩!!!」

「この男ね、今は錆びついてるみたいだけど、秘めてるものは私より大きかったの。だから、ちょっとぶつかった隙に呪っちゃったんだ」


 ぶつかった時……あのアクセサリー騒動の時か!そういえば、あの子がぶつかった後から、先輩の背嚢にアクセサリーがついていた気がする。先輩から違和感を感じるようになったのもそのあとからだ。


「……!」

「あれ?声も出せないの?でも、うるさそうだから今はそのままでいてね」


 なんで、目の前のかわいらしいゴスロリの少女にこれほどまでの恐怖を感じるのかがわからなかった。

 でも、このままだと先輩が危ないのは確実にわかる。


「クスクス、たかが希望と慈愛に愛されただけの人間ごときが、私に逆らおうなんて二万年早いよ?」


 私を「たかが」人間ごときといった。この少女の正体は何なのだろう。

 知りたいという気持ちと、聞くべきではないという理性がせめぎあっている。

 しかし、ゴスロリの少女はそんな私の気持ちを無視して答えた。

 耳を塞ごうにも、体は動かなかった。


「絶望と不幸を司る灰の女神よ、神名は伏せるけどね」


 だめだ、体が震えて……


「クスクス、やっぱり貴女の絶望はおいしそうね。でも、今は我慢するわ。だって、貴女はこれからの料理でもっとおいしくなれるんだもの、この子の絶望が食べれれば、お父様もすぐに復活できるわ」


 小さく、人形のように整った綺麗な顔から作られる笑顔は、老若男女問わず、多くの人を魅了できるだろう。

 だけど、今この瞬間。私はその笑顔に人生で一番の恐怖を感じた。


「あら、お父様との語らいに夢中になってしまっていたわ、そろそろ本題に移るね」


 少女は何もない筈の空間に手を突っ込むと、そこから大きいタブレットを取り出した。


「これ、見たことある?今は失われた技術で作られてるんだよって、そんなことはどうでもいっか。じゃあ、この映像見てもらえる?」


 差し出されたタブレットに映っていたのは、この町の住民たちだった。数秒ごとに視点が変わり、恋人達、友人、家族、あらゆる人たちを映し出している。

 それだけではない、恋人ならどちらか一方が、複数の友人グループや家族ならだれか一人かが黒い負の感情を纏っていた。

 これは……!


「わかったかな?昨日までの余興は楽しかったから、最後も期待してるよ?それじゃあ、貴女に選ぶ権利を上げる」


 やめて……お願い!!


「この男が灰になって死ぬか、それとも町の人間、三分の一が魔物化するか……選んでね。ああ、どちらも選ばないのは無しだけど、どちらも選ぶのはアリだよ。クスクス、貴女は一人を取るのかなあ?それとも、やっぱり大勢?貴女にとって人間一人の価値は同じなのかなあ。クスクス、それじゃあ、私に絶望を聴かせてね」


 少女は楽しそうに笑った。

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