第3話 おじさん

文字数 4,235文字

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 闇に染まった街中を、全身真っ黒のゴスロリを着た少女が、小刻みにリズム良く歩いていく。

 そして彼女は口ずさむ。子どもの歌う、明るく楽しい童謡のように。


「人の不幸は蜜の味。

 裏切り、不信、仲違い、

 今日もどこかで啼いている。

 今日もわたしは集めます。

 人の悲しいお話を」


 そう唄ってから、彼女は街灯の下でくるりとターンをする。黒いレースが光の中で、不気味にゆらりと揺れている。

「もうすぐだよ、お父様」

 彼女は小さな唇で、愛しい人を呼ぶように、踊りながら囁いた。

「もうすぐ開放してあげるから、待っててね」



 





 ◆     ◆     ◆



 



 早朝の、人の影もない公園で。存在感を放つ異形な存在。

 それは、長く伸びた手で公園のあちこちを破壊していく。公園の芝生は剥げ、木はなぎ倒され、遊具は残骸と化している

「おじ、さん……?」

 私は、目の前の光景が信じられなかった。

 魔物の一番上から飛び出した頭。そこにいるのは、昨日ここで出会ったおじさん、その人で。

「どう、して……?」

 おじさんのすっきりとした表情が、脳裏によみがえってくる。

 だって、あの時、おじさんは、ありがとうって、笑って……。

「くそ、前の事といい、なんでまたこの魔物なんだよ!?Gか?うじゃうじゃ湧くタイプなのか!?冷蔵庫の裏とかもチェックしなきゃダメなのか!?」

 先輩がグダグダと言う声も、遠くて。

「昨日、私、話、聴いたんです。それで、おじさん、家族とちゃんと相談するって……サンドイッチだって作ってきたのに……」

 喜んでもらえると思ったのに。こんなの……。

 暴れ続ける魔物を前に、足が動かない。その時、


「クレア!!お前は冒険者だろうが!そんな面してないで、早く武器を取れ!!」

 先輩の声が私の頭をガツンと殴った。いや、実際に殴ったんじゃなくて、そんな衝撃が走ったんだ。

 いつもセクハラみたいなことしか言わない先輩は、ここぞという時に大事なことを言ってくれる。




 そうだ。

 私は冒険者だ。

 救えるのは、私たちしかいない。

 私たちが、おじさんを助けるんだ。




 私は、キッと前を見た。魔物が暴れ続けている。

 おじさんのところへ行くには。私の声を届かせるには。これじゃあ高すぎる。

 そこで、ふと考えがよぎった。成功するかどうかは分かんないけど。イチかバチかだ。

 魔物へと身構えていた先輩に向かって、私は叫ぶ。

「先輩、私と一緒にブランコに乗ってください」

 すると先輩は振り返り、嬉々とした表情を見せた。ちょっと待って。嫌な予感がする。

「立ち直った瞬間に、クレアからお誘いが来るとは!お前分かってるか?公園の遊具で一番パンチラにありつけるのは、そう、ブランコと言っても過言では、」

 予感的中。一度でも先輩に感謝したこと、激しく後悔。

「馬鹿なこと言ってないで、一緒に来てください!」

 そう言って私は走り出す。先輩もニヤニヤとしながらついてくる。やめて。本当にやめて。こんなときなのに、顔面をはたきたくなる。

 魔物の振り回される手を避けながら、黄色いブランコにたどり着く。よかった。まだ壊されてない。

「先輩、」

「分かってる。お前を魔物の頭上まで飛ばせばいいんだろ」

 私の言葉を遮った先輩に私は目を見開いた。分かってたんだ。やっぱり先輩は、

「これでパンチラ確定だな」

 最低。


 そう思いつつもブランコに立ち乗りして、先輩が私の足が乗った木の板を抱えて持ち上げ、頭の高さまで引き上げる。いい子は絶対真似しちゃだめだよ!

「行くぞクレア!」

「はい、先輩!」

 私が頷くと、先輩は板をぶんと投げ下ろした。遠心力で私の体が宙に浮く。そして、私は板を蹴り上げ、魔物の頭へと飛び降りた。やった!

 ぬめっとした肌触りがして、思わず手を離しそうになったけど、慌ててしがみつく。魔物はぶんぶんと暴れまわるけど、ここで手を離しちゃいけない。

 私は一番上に突き出したおじさんの頭へと叫ぶ。

「おじさん!昨日会ったクレアです!覚えていますか!?」

 そうすると、おじさんの頭が微かにこちらへと振り向いた。声は聞こえてる。

 私が魔物の体にしがみつきながら、おじさんのほうへと近づいていくと、ぼそぼそと声が聞こえてきた。

「……家に帰ったら、妻に流行り病にかかった、と言われたんだ。治すのには、お金がいる。でも、私は働いていない。雇ってくれるところもない」

 私は目を見開いた。そんなことが、おじさんの家族の身に起きていたなんて……。

 私が呆然としながら聞いている中で、おじさんはぼそぼそと続ける。その顔は青ざめ、眉が落ちていた。全てを諦めているかのような表情で。

「もう、誰を恨んでいいのか分からない。役立たずな自分を恨めばいいのか、こんな人生を与えた神様ってやつを呪えばいいのか。……どうして私は、こんなに不幸なんだ」

 おじさん……。

 何を言ってあげればいいのか分からなくて。私はただおじさんの顔を見つめることしかできなくて。



 

「何言ってんだ!おっさん!」

 先輩の声が公園中に響いた。私は声のした方を振り返る。ブランコのすぐ傍の木の幹に、しがみついている先輩が一人。

「クレアはな、あんたのために早起きしてサンドイッチ作ったんだぞ!俺だって食べたことないのに!クレアの初めてのサンドイッチを頂けるなんて幸せ以外の何ものでもないだろ!」

「私が処女を捧げるみたいな言い方しないでください!変態!!」

 私の悲鳴を聞き流して、先輩は必至の形相で続ける。

「それにな、あんたは一家の大黒柱だろうが!あんたがそんなへこたれてたら、家族はどうなるんだよ!病気の奥さんは!支えんのはあんたしかいないだろ!」

 先輩……。

 先輩の言葉に、私もおじさんを振り返って、腕に引っ掛けていた手提げ袋からサンドイッチを一切れ取り出す。

「おじさん。あなたがどうしてるかなって思って、サンドイッチ作ったんですよ。上手く出来てるかどうか分かんないけど、おじさんに元気になってもらいたくて作ったんです。食べてみてくれませんか?」

 おじさんの口元にサンドイッチを差し出してみる。おじさんの瞳はそれを捉えた。そして、目に色が宿る。

 不幸なら、幸せを足せばいい。今が辛くても、きっと晴れる。



 

 そう思いながら、サンドイッチに近づいていくおじさんの頭を見る。


 でも、ちょっと待って。

 この前の女の子は塵みたいに消えちゃった。


 じゃあ、おじさんが、このまま消えてしまったら?

 奥さんは。おじさんの家族は。


「先輩!!」

 私はサンドイッチを差し出していた手を止め、先輩を振り返った。先輩は既に木のてっぺんまで登り切っていた。こうして見ると猿みたいだな。

「おじさんごと倒すんじゃなくて、おじさんを人間に戻す方法はないんですか!?」

 そう叫ぶと同時に、先輩が魔物の反対側へと飛び移った。頭脳派の先輩なら、何か方法を思いついてくれるはず……!!

 そう期待をかけて、登ってきた先輩を見つめる。ぜえぜえと肩で息をしながら、先輩は手をタンマの形にした。体力がないぶん頭にいってるんですよね!私はうずうずしながら待つ。

 そして先輩が顔を上げ、きりっとした表情になった。おっ!?

「クレア、引っ張り作戦だ」

 決め顔で言う先輩。いや、うそでしょ。

「力技じゃないですか!子どもでも思いつきますよ!」

 先輩はアホの子なんだろうか。

 呆れながらも、引っ張り上げるため魔物の体へと手を突っ込む。魔物の体はぐちゃぐちゃとしたスライムのようで、ずぶずぶと手が沈み込んでいく。

「掴んだ!」

 先輩が叫ぶ。私もおじさんの腕を捕まえた。

「引っ張れ!」

 一斉に引き上げる。だけど、その瞬間におじさんがうめき声をあげた。

 痛いんだ。そりゃ、切り離すなんて、痛いに決まってる。でも。

「頑張ってください!おじさん!もうすぐ帰れますから!家族に会えますから!」


 そのとき、プチリと何かが切れた音がした。酷く乾いた音だった。

 その瞬間、魔物の体が黒い墨のようになって。ぼろぼろと崩れ落ち始めた。

「え……!?何がどうなって……」

 目の前で展開される光景に、頭の中がパニックになりながら掴んでいたおじさんの腕を見る。

 そこには、崩れ落ちていくおじさんの姿があった。


「おじさん……!?」

 私が悲鳴を上げた瞬間、おじさんの体はぼろりと灰になって。

 私を見る瞳が、苦しげに歪んだ顔が。消えた。

「うそ……どうして……」

 頭が何も考えられない。今、何が起こって……。


「クレア!」

 先輩が叫んで、私の体をがばっと抱き留めると、近くの木にダイブする。

 足場となっていた魔物が崩れ落ちていく様を、木の上で呆然と見つめる私たち。


 その黒々とした灰が、一つの場所へと集まっているのに気付いた。

 その先へ目をやると、見えたのは黒々とした人影。昨日と同じ真っ黒なゴスロリが、いつの間にか曇り始めていた空の下で怪しく揺れている。


 昨日見かけたゴスロリさんが、そこにいた。

 その手には赤い小瓶が握りしめられていて。そこに灰が集結していく。

「あの子は昨日の……」

 先輩が目を凝らしながら声を漏らすと、ゴスロリさんがこちらを見た。真っ赤な血の色の瞳。私は背筋が粟立つのを感じた。怖い……。

 ゴスロリさんはその瞳を細めながら、にっこりと笑った。無邪気な、子どものような笑みだった。

 その不気味な雰囲気も、禍々しい圧も、昨日の比じゃない。こんな、人が、おじさんが消えた場所で笑っている彼女は。

 おかしい。


「二人にはお礼を言うね」

 ゴスロリさんが口を開いた。鈴のような凛とした声だった。でもそれは今、恐怖しか与えない。

「人が一番不幸になるのって、いつだと思う?」

 なぞなぞを口にするように、無邪気に問いかけるゴスロリさん。私の腕を掴んでいた先輩の指の力が強くなった。


「正解はぁ、たくさん希望を与えて、それでも駄目だった時でしたー」

 くすくすとゴスロリさんは笑う。そのすべてが異質で、怖くて。

「見てて楽しかったよー。良い余興をありがとう」

 灰が入った真っ赤な小瓶を片手で振って、彼女はにっこりと笑った。そして最後に私を見る。鷹が獲物を狙うような、そんな瞳で。

「そこの赤髪さん、またね」

 そう言って、彼女はどんよりとした木々の間に消えていった。



 廃墟と化した公園の、ぽつんと残った木の上で、私たちはただ茫然とするしかなかった。



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