第1話 ケンカ

文字数 3,716文字

                                                                                                       パート やまネコさん





「もう知らない!」


「待ってよ!ねぇ!」


私は友達を置いて走った。逃げた。全力で。


―知りたくなかったから。


              ◆     ◆     ◆


「おー結構立派じゃねぇか」


私は外から聞こえた声で目を覚ました。

時刻は8時…やっば。

いつもはお母さんが起こしてくれるのだが、予約の入ったお客さんが少ないときは起こしてくれないのだ。私は将来この仕事に就きたいと思ってるからお仕事をしていたい。

だからできるだけ手伝う。


服を着替えて一回に降りると一組の男女がいた。荷物が多くて、武器を持っている…冒険者だ。

冒険者がこんなところに来るなんて珍しい。


「おはようございます。予約は…」


男女にそう聞くと二人そろって同じ方向に目を逸らした。

確か今日は予約しているお客さんはいなかったはず…


「少しお待ちください!」


私はお母さんが大浴場の掃除をしていることを知っているので真っ直ぐに大浴場へ向かった。

お母さんは湯船の掃除をしていて、腰が辛そうだ。


「お母さん!お客さん来たよ。私代わるからお母さん行ってきて!」


「お願いねぇ」


お母さんはこの旅館の女将をしている。小さい時からあこがれたものだ。



             ◆        ◆       ◆


「100年前…ここに大きな妖怪が現れた…あの妖怪は人の負の感情を餌に繁殖するのじゃが…」


―負の感情…

「先輩、これって」

「ああ、これは魔物だ。」


魔物は負の感情をエネルギーに成長していく種類がいる。妖怪と呼ばれる化け物もたぶんその一種。


「興味深いお話ありがとう。長老」


私は先輩とお爺さんに軽く頭を下げてから歩き始める。


「よっぽどな奴がいない限り出てこねぇだろうな。100年も出てない位だし。安心していいだろ」

「そうだといいんですけどね」


神よ…今度こそ休みをくれたまえ…


「そんなことよりよ、お前、旅館の子、見たか?」

「見ましたけど…」


勘が鋭い先輩のことだ、きっと何か気づいたんだろう。そんなところは尊敬に値する。


「超かわいかったな」


前言撤回。なんにも尊敬できない。

私は歩くスピードを早め、先輩を置いて行った。


「おい!ちょっと待てよ」


私は先輩のほうを向いて唇に人差し指を置いた。

視線の先にいたのは一人の少女だった。朝、旅館で見た子だ。


「先輩、負の感情…」

「なぁにそんな簡単に生まれるわけないだろ」


確かに気にしすぎだ。だけど見えたんだよなぁ。あの子を取り巻く何かが。

私ははしゃぐ先輩にいやいやついて行った。



「さ!温泉温泉!行こうか!クレア」


「私は女湯ですよ~先輩。残念ですねぇ~」


混浴なんてあるわけないだろスケベ野郎。

私たちは階段を下りて温泉へ向かった。大浴場か。露天風呂もあるらしい。

もちろん混浴はない。やった。このスケベを野に放つわけにはいかない。

スケベ先輩は残念そうな顔をしていたが知ったこっちゃない。


「きゃああああ!」


突如外から悲鳴が聞こえた。


「おいおい嫌な予感的中か?」


男湯から出てきた先輩は上半身裸で、目のやり場に困った。


外に出るとさっき話に聞いた四つ目のあるキモイ魔物がいた。

これほどのサイズは見たことがない。ひょっとすると前見たドラゴンもどきより大きいかもしれない。

頭と体の境には首なんてなくて、二頭身の怪物だった。


「こいつのエネルギー源は近くにあるはずだ!クレアは右から探せ!俺は左から!」


先輩の合図とともに魔物の右に移動する。

後ろに回ったところで気づいた。

―こいつのエネルギー源。頭の上にある…

「ねぇ。やばくね」

「一旦逃げますか」


魔物の大きな腕が振り下ろされた。当たることはなかったのだが、目の前の地面にひびが入った。

「「うわぁぁぁぁ!」」

ドン!ドン!

と大きな音を立てて魔物が私たちを狙ってくる。


やっとこさで旅館まで逃げられた。

先輩は大きな声で女将を呼ぶと、横になった。


「どうしました?」


女将が走ってやってきた。


「えーっと!このくらいの女の子。ここにもいたよね?」


先輩は自分の胸辺りに手を置いて、話した。走った後だからか、息を肩でしている。


「ええ、今呼びましょうか?」


「頼む」

―?

この意味が解らなかった。あの高さじゃあ見れないはずなのに。


「今の君の疑問を解決してあげよう」


「はい。少々イラつきますがお願いします」


先輩の得意げな顔を見せられィラッときてしまったが、おさえた。


「じゃーん。上からビデオぉ~」


リュックからタブレットを取り出し、私に向かって見せた。

画面からは魔物の体が見えた。先輩が指で操作すると画面が切り替わり魔物の上に乗っている少女の姿

が映し出される。


「走ってる間に取りつけておいた。日々の研究の成果だ」

―この男、なかなかやりおるようじゃな…

じゃない!すごい。こんなことができるなんて。やっぱり先輩はすごいなぁ。追いつけそうもない。


「お待たせしました!冒険者さん!」


さっき画面に映った少女と同じくらいの背丈の女の子が走ってきた。


「おい、この女の子。知らないか?」


先輩は画面に映った少女の姿を女の子に見せた。


「……」


女の子は返事をしない。ただ俯いて黙っているだけだ。


「負の感情が高ぶりすぎてる。このままじゃ、本格的に飲み込まれる」


女の子は口を開こうとしない。


「友達なんだろ?なぁ!」


先輩は立ち上がり、女の子の肩をつかんだ。

女の子は頬から一滴、また一滴と涙を流した。


「ユキ、引っ越しちゃうんだって言ってた。私の一人しかいない友達なの。悲しくて『知らない』って言っ

ちゃったの」

―友達が引っ越しちゃうのか…


「それはつら「アホか!」


先輩は女の子に向かって叫んだ。


「早く誤りに行かなきゃなんねぇだろ!大事な友達なんだろ?なら笑顔で見届けなきゃ、だめだろ?」

女の子は頷くだけだった。だけど心には響いたことだろう。


「名前は?」

「ケイト」



―そうだよね。つらいよね。

「先輩、いいんですか…?それで」


「そうするしかねぇんだよ。黙ってろ」



                 ◆       ◆       ◆


―作戦はこう。謝る。


「心を込めて、謝れ、絶対伝わるから。な?」

「うん」


目の前には魔物が町の憲兵と闘っている。憲兵達では歯が立たないようで、何人も倒れていた。

―仕方ない。


「先輩、足止めしてきます」


私にできることは、女の子と先輩を守ること。ぐらいかな。

私は軽い短剣を2本ハンターさんから拝借して、モンスターに向かう。


「俺も行くぜ」


「先輩!?」


先輩…あんた『俺は頭脳派だ』とか言ってなかったっけ?

まぁいいや。


私たちは魔物に立ち向かった。勝つつもりはない。

あんまり刺激しすぎると魔物の抵抗力が増し、ユキちゃんが魔物に取り込まれてしまうからだ。


適度に距離をとって、時間を稼ぐ。

先輩が捕まった。当然だ。普段から戦闘をしているようなハンターでも歯が立たないんだ。


「先輩!今助けます!」


迂闊だった。もう一本の手が、私を捉えたのである。

私は民家の塀にぶつかり、身動きが取れなくなった。


魔物はケイトちゃんに手を伸ばした。


「私!ちゃんと元気なユキにお別れ言いたい!あの時!知らないっていってごめん!だから…仲直り…しよ?」


魔物の手がケイトちゃんに触れる前に、魔物は塵となった。

魔物は塵となって消えたのだがそこにユキちゃんの姿はなかった。


「ふー…一件落着!けが人も少ないし、上出来かな」


「ユ…キ?」


「魔物を見つけてから倒すまでに時間がかかりすぎた。でも、ユキの心にお前の気持ちが届いたから魔物がいなくなったんだ」


「そんなぁ…ユキ!ねぇ!ユキ!返事してよ!どこかにいるんでしょ!?」


「どんな薬にも副作用が存在する。みたいなことだ。黙っててごめんな」


―ごめんね。ケイトちゃん…

  

                ◆        ◆        ◆


「おっ眼覚めたか?」


私の視界には先輩。畳。

―ここ旅館なのね。


「わたし何日寝てました?」


「えーっと…5年」


「下手なボケはよしてください」


まじでどんだけ寝てたの?私。

あの時から記憶がない。そして…ずっと期待していたカニが…空になっている…


「せんぱぁ~い食べましたね?」


「ははははっはは、はい!」


私はよく覚えてないのだが、先輩はカニみそのようになっていた。と話に聞いた。




「よし、じゃあ次の街に出発じゃ!」


「待ってくださーい!」


後ろを振り向くとケイトちゃんが走ってきた。

金髪だ。違う違う。


「ケイトちゃん…ユキちゃんとお別れできた?」


「うん。お墓作ってあげたの…」


俯いて話すケイトちゃん…苦しいよね。


「じゃ、俺達行くから。じゃな」


先輩は踵を返し、歩いていく。

歩くスピードが速いので、早くいかなければおいて行かれる…


「ケイトちゃん!元気でね。」


後ろ向きで手を振って歩き始める。

ケイトちゃんも大きく手を振る。私が正面を向くと先輩は後ろを振り返って手を振っていた。

その瞳にはうっすら涙が浮かんでいる…


「もうちょっといればよかったじゃないですか!」


「かまうな!」




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