最終話 僕、勇者なんだ

文字数 6,497文字

                                 パート    やまネコ

yamaneko-wow_

 

  私はこの街の人を守る。

  その為には、私だけじゃ...無理。


「ほらほら、街のみんなを助けるんでしょ〜?」


  ゴスロリの少女は私を煽るようなセリフを吐くと、心底楽しそうに笑っていた。


「それなら先輩を倒さないと」


  少女は魔物に近づいたけど、魔物は攻撃はおろか反応もしなかった。


  私が先輩に接触した時のように近づいたら攻撃してきて、距離を取っていると攻撃してこない。


  私は短剣を握りしめ、魔物の左脇に潜り込む。

  魔物は一瞬で遅れたが、私の数歩後ろに重いパンチをした。

  広場全体が揺れ、地面にはヒビが入っていた。


「やっぱり」

「...?」

   

ーそう。この魔物は動けない。


「どうしたの?」


少女は大げさに首を傾げている。


このままなら放っておいても魔物は動けないだろう。そして被害も出ない。


私は騎士と冒険者が集まるギルド付近へと方向を変え、走り出した。


「ねぇ!先輩はどうなってもいいってことなの!?」


  必死に少女が食い止めようとするが、止まる気は無い。


  時間が経ちすぎたのだ。このまま一人で戦っていても、勝てるわけがない。


  ギルド付近まで来ると何やら怪しげなカードゲームをしているのであろう酔っ払いたちが目に移った。


少し憤りがこみ上げるが、道草を食っている暇はない。


「ん?冒険者...」


  

  ギルドに隣接する騎士団支部にいる若い騎士に声をかける。


  どうやらギルドから抜けてこっちへ来る人間は少ないようだ。酔っ払いくらいかも


「奥の広場に魔物が出ました」

「あ?こんな街中に魔物が出るわけないでしょう。あんた飲み過ぎだよ。ほら帰った帰った」

「話を聞いたらどうですか!」

「えっ...お、おう」


  きっと酔っ払った冒険者が幻覚を見たとでも思っているのだろう。

  怯んだ騎士は直ぐに3人ほどの騎士たちを呼んできた。背が高く、筋骨隆々だ。


「あんたこれで嘘だったら罰金もんだからね」

「ええ。わかってますよ」


  訝しんだ若い騎士を睨むようにして言ってやった。



「うっわ...でか」


  広場に入ってくるなり若い騎士は感嘆の声を上げ、魔物は私たちをぎょろぎょろした大きな目で観察していた。


「おい。さっきから抜けてるぞ。住民の避難を最優先、サムは増援を呼んでこい」

「了解です!」


  サムと呼ばれた若い騎士は顔に傷の入った歴戦の騎士と見られる大男に言われて敬礼をし、勢いよく踵を返した。


  こいつは一番下っ端らしい。

  片手剣ボーイ、ダサー...い。



  私はあることに気づいた。少女がいつの間にか姿を消していることと、木の上、微かにだが赤く光る小さな箱があった。



「...うん」


  頭に可能性として残るピースが繋がり、確信へと変わる。


「先輩はまだ助けられる...!」


  私は先輩がいる場所へと走った。走り続けて火照る体には夜の冷気が心地よく感じた。



side:?


「こんばんは」


  闇から一人の少女が顔を出す。

  少女は僕を舐め回すように観察すると、タブレットを床から取り上げた。


「僕を助けるために作った魔道具が、仲間を、僕を殺すことになろうとは...皮肉なものだね」


「ここから貴方の魔物とあの後輩ちゃん。クレアちゃんだっけ?が戦う映像が見られるんでしょ」


「はは、使い方をどこで知ったのか聞きたいな」


  この少女は人生をどれだけ周回してきたのだろうか。

  少なくともこのくらいの少女が考えられる策ではないだろう。


  あの魔物は少女の策のうちの1段目。


「もう大体気づいてるでしょ。あの子が先輩を倒しちゃった〜なんて事になったらどうなるか」


  簡単なことだ。

  魔物化する。

  例え負の感情が足りなくとも少女の灰を使えば補うことが可能だ。


「ああ、実によくできた作戦だよ。そしてその状態を知った僕をお父様とやらの媒体にする」


「正解〜!この状況、ニホンゴ...?では何て言うのかしら?」


  嬉しそうに少女は笑って、右腕を突き上げた。

  その右手には灰が詰まった瓶が出てくる。


  この状態をなんて言うか僕は知ってる。

  逃げ場のない檻に、練り込まれた巧妙な作戦。四方八方に逃げ場など存在しない。


「詰みだね」

「あはは、面白〜い。ツミ!ツミ!」


  手を叩きながらはしゃぐ少女と共にタブレットに注目した。


  クレアは写っていないようだ。

  数人の騎士たちが魔物と戦っている。


「あの子の事だからまたいい作戦を考えていると思うわよ」

「そうだといいんだけどね。全く、人生はうまくいかないもんなんだよねぇ...僕は2週目だけどまたバットエンドらしい」


  諦めれば、僕がお父さんに変異しても被害は増えないかもしれない。

  だけど、クレアがあのような形になってしまうのは許せない...



side:クレア


「あの子だからまたいい作戦を考えているわよ」


  少女の声だ。

  私は息を噛み殺し、先輩と思わしき人物と、少女の会話を聞いていた。


  そして、地響きが聞こえてきた。

  あの騎士たちがきっと魔物を倒したのだろう。

  なかなか優秀な部類に入るんだろうな。

  あの大きさをこの短時間で。



「ほーら、もうすぐクレアちゃんが魔物に変身しますよ〜」


壁から様子を見る。

少女はタブレットを先輩の顔に近づけ、見えすぎるくらいにしている。



「あら...遅いわね」


   私は短剣を握りしめ、灰の詰まった瓶を持った少女の手をめがけて全力で投函する。


「行け!」


  乾いた喉から出た声は声になっていなかった。


  しかし、短剣はしっかり届いたようだ。

  数メートルしか離れていないので届いて当然だけど。


「ぎゃあああああ!」

「間に合った!先輩!」


  少女が悶絶しているうちに先輩の牢の南京錠を壊そうと石で殴りつける。

  

  後ろで何かが割れたような音がする、少女が痛みに耐えきれず、瓶を落としたのだろう。


「クレア、左!」


   先輩が私の後方を指差した。

   一瞬の間に紫色の手が牢を破壊する。



「え...?」

「ギィ...ギィヤァアァァァァ!!!」


  後ろを振り向くと、ぎょろぎょろの目と目があった。


「逃げるぞ!」


先輩に手を引かれ、直ぐに魔物から距離を取る事に成功した。



「ここまで来れば安心だ。クレア...」


先輩は咎めるような顔をしていた。


「どうしてあっちの僕を助けようとしなかったんだい?まぁ結果オーライか」


「...?」


  この人、誰?

  度々感じていた違和感がありありと湧き出す。


「ああ。そうだそうだ。今は“先輩”だったね。クレア、お前の純白。頂いたぞ」


先輩が私の前で手を合わせる。

視線を落とすまでもないが、一応見ておく。


  私の純白が先輩とがっちり目があって離れない。


「き...」


「おっとクレア。しー」


  口が人差し指で抑えられる。

  さっきから魔物が暴れているのだ。


「ありがとう。クレア。もう疲れただろう?」

「いえ、戦えます。先輩と一緒なら...!」


  私を黙らせるように先輩はポーションをくれた。

  喉が潤い、少し体に力が戻る。

 

  それを見て何か悟ったような先輩はいまにも死んでしまいそうだった。


「行ってくる。君と出会えて良かった」

「待って、私先輩の名前も聞いてない」


ああ、そういえば。と走り出そうとしていた先輩が私に向き直す。


「...フミキ・トウジョウだ。東に二条の条。文章の文に、ニホンショキの紀」

 

  なにやら特徴的な発音だ。

  今までに聞いたことのない雰囲気の名前。

  あと途中から東だなんだってよくわからないことを説明していた。


「異世界から...ってよくわかんないけど。この世界の勇者と呼ばれる人間の一人だ」


  キザったらしくふっと笑ってから、走り出す。


「先輩!」


私の足は疲れと、先輩に会えたことによる安堵で動かなかった。


足音で魔物が向かってくるのがわかる。


なぜか向こうに行ったはずの先輩も一緒だ。


「武器持ってねぇ!はは!行くぞクレア!」


後の先輩曰く、この時第2フェーズが幕を開けた...らしい。




  魔物から離れてギルドに戻ってきた。


「おい、そこの兄さん。剣貸してくれよ、返すから!ねぇお願い!本当に返すから!」


  必死な先輩に私がついてこられたのは疲労回復効果のあるポーションを服用したからだ。


「やっと借りれた」


  カッコ悪いですね、と親指を立てておく。


「どういう意味?それ」


  まぁいいか、と先輩はポーションを飲んだ。


「薬ばっかり飲んでますけど...」

「知り合いにいい薬師がいてね。高いんだけど効果は高いし、美味い。良薬にして旨し、だ」


  先輩が胸を張り、えっへんと自慢げにしていた。


「いやそれ先輩が誇ることでは...先輩はただの金ヅルでしかありませんよ」

「...さぁ、行きますか。お父さん退治に」


  お父さんと言う響きはあまりいい印象がない。

  今回もいいイメージを持つきっかけにはなりそうにない。逆効果だ。




  お父さんは城から遠く離れたところで魔物を貪っていた。

  魔物といってもお父様や、おじさんのようなタイプの魔物では無く、リーストブリッグズと言う獣だ。


  大分グロテスクな絵面だ。


「オトウサン!ここで決着をつけましょうぞ!」


何やら変な口調で先輩は魔物に叫んだ。


「ギィヤアアアアアア!!」


  男の人、女の人、何にも属さない。

  いやすべてに属しているかの様な声だ。

  その中で少女の声も存在を主張しており、さっきまで話していた人間がああなったのかと思うとゾッとした。


  先輩は何かを置いて、魔物に向かって走っていった。


  細長い棒状の金属に、端にはぼっちが付いていた。


「クレア!僕が合図したらそのスイッチを押してくれ!」


「分かりました!」


  先輩は軽やかにステップを決めて魔物に斬りかかった。


  自称頭脳系だけど、仮にも勇者らしい。

  嘘だとしても、いや多分嘘なのだろうが...勇者と言う言葉を借りた以上。

  腕に自信はあるはず!


  先輩は目にも留まらぬ速さで剣を振り回している。

  ただ立って剣を振り回しているわけではなく、先輩自身も高速で動いている。

  遅れてやってくる月の光が剣に反射し、流れが見えた。


  美しい曲線に囲まれた魔物が、鮮血を飛ばしている。


「ギィ...!」


「ははっ!あの冒険者。なかなかいい装備だったんじゃないか?」


先輩は魔物の前だと言うのに、顎に手を置き、剣を眺めた。


「ギィィィ!!」


  予想通りだった。

  魔物を前にしてあんな風に油断を見せつけていたら殴られて当然だ。


   魔物の腕は空を切って先輩に向かって行く...!

  そして鈍い音が...しなかった。


「ギィエエ!」


  魔物のパンチは先輩にくっ付いているのだが、先輩は衝撃を受けず、逆に魔物がダメージを受けた。


「ん?今なんかしたか?」


  ふふん、と先輩は鼻を鳴らす。


「先輩!何を遊んでいるんですか!」


  呆気にとられる。

  魔物も状況を理解していない様だ。


「分かりました!やればいいんでしょ!?もぉ...クレアお嬢さんは強情だなぁ」


「強情でもなんでもありません!」


「そう怒鳴らないでよ...嫌な人を思い出す」


  先輩がそういった途端、立っていたところには一枚の葉がひらひらと羽ばたいていた。


  何故葉を投げたのかは分からなかったが、それは先輩なりの凄さのアピールだった。


  落ちるまで、数秒。

  風もあったので、早く落ちる。


「...ふん!」


  葉が落ちるより先に先輩が着地し、葉っぱを掴む。


「ギィ...ぎぃぃ...ええ」


「クレア!」


  スイッチ、オン。


  魔物は膝から崩れ落ちる。

  こいつに膝はないか。


  その魔物の腹が爆破し、一瞬浮いた。


「オーバーキルだったか...僕の勝ち!」


  無邪気に先輩は言い放った。

  しかし、今までの魔物とは違い、死体が残った。


「先輩...あの子は助けられないんですか?」

「助けられない」


  即座に振り落とされてしまった。


「死体が残っている以上、完全な魔物だ。元々お父さんとやらが体を手に入れるためだけの仮の姿だっただけ」


「あの子は、最初から魔物だったんですね」


「君達、こんな所で何を!って!」


  きっと、音や振動で見つかったのだろう。 

  城の騎士が鎧を鳴らして近づいてきた。


「ちょっと待ってて、後で話聞かせてもらいますから」


「ほいほい」

「え...私も?」

 

  しばらくして騎士の増援が駆けつけ、魔物の処理に当たった。

  中から人が何人も見つかったらしい。




「ああ〜疲れたな」

「そうですね。寝ることも出来ずに事情聴取ですよ」


  あのタイプの魔物は珍しい。だが、人が故意的に作り出すことも、出来なくはないのだ。


「魔物は負の感情で肉をつける。だから、あまり死体が残らない。特殊なケースだったんだ」


  先輩が歩きながら話す。

  先程財布がぽーんと軽くなったのに足取りは重そうだ。

  先輩はあの剣を折っちゃったし...


「複数人の激しい負の感情が混ざり合って出来た乗負の魔物だね」


  むむ...?


「あそこの川で昼食にしよう。今日は僕が作ったんだ」


「え、はい」


  先輩は宿で早起きして、厨房を借りていた。

  なかなか優しいシェふだったので快く貸してくれたそう。


私たちは景色のいい、河原に座った。


「どうして、私の前だと僕口調になったんですか?」

「ああ〜。僕は元はこんななのさ。実は先輩キャラは頑張って作っていた。」


先輩は顎に手を当て、遠い目をして言った。


「あと勇者扱いって困るんだよね。何処に行っても、勇者だ!勇者だ!神だあああ!!って叫ばれるでしょ?」


「自惚れるな」

「すんません。まぁそう言うことだよ。騎士は僕のことを見て少し怪しんでたけど」


  若い騎士は先輩の顔をまじまじと見つめて、「本物...?」とか呟いているのを見た。


「やっぱり僕って、みんなの憧れのヒーローだからさ」

「...」


  頭脳派と言って後輩の女の子に戦わせていた男が何を言うか。


「何時ものセクハラもキャラづくり?ですか」

「あれはただの性欲さ、深く考えなくていい」


  やっぱりこいつはクズ男だった。

  勇者の名折れだな。全く。


「クレアが魔物に勇敢に立ち向かう姿、かっこよかったなぁ」


  そういえばあの時は忘れていたが、私は先輩ではない見知らぬ偽物とき...き、キスをしてしまったのだ。

  しかも先輩に見られていたかもしれない。


  それだけで羞恥と怒りに包まれる。

  魔物になってしまいそうだ。


「クレアは、ファーストキスを僕じゃない見ず知らずの男にしてしまったと思ってるんだろう?」


  先輩に見られていた。それだけで顔が燃えそうになっていた。


  偽物とはいえ容姿は先輩。

  本物ならき...きすもしてしまっているということだ。


「は...はい。見ず知らずの...」

「そこは安心していい。僕の情報から作られたクローンの様なものだ。中身は違うけどね。だから、僕ではある」


「そういうことじゃなくって!気持ちとか...くぅ〜」


  上手く言い出せない。今の先輩も前と同じでグイグイ来るのだ。


「クレア、目を閉じて...」


  先輩が私を覗き込む様にして言う。

  ち...近い。


「はい...」


  く...あの先輩が...!

  屈辱だ。


  先輩の吐息が頬に当たるほど近くなっていく。


「んっ...」


  唇に当たる少しごつごつした感触...少し湿っている。


  目を開くと先輩が箸で掴んだカラアゲと私がキスしていた。

  先輩は顔を真っ赤にして笑いをこらえている。


「...アニメで見た...ふふっ」


  口に入れて十分に咀嚼した後、飲み込んだ。


「...美味しいですね!!!」

  わざと先輩の耳元で大声で言った。


「まぁ...僕の自信作だからぁ...怒らないで」


「知りません....!」


  私の純情を返して欲しい。

  そう強く懇願した幸せな昼頃だった。

yamaneko-wow_

結局俺つえーになってしまったような気がするんですが…先輩の見せ場を作っておきたかったので、申し訳ありません。それと、長い間が開いてしまった中呼んでくださった方。ありがとうございました。

yamaneko-wow_

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