第2話 違和感

文字数 3,242文字

                                      パート 朝山なの

yamaneko-wow_


「お、これは…クレア!」

「何ですか、先輩」


新しく着いた街で、何故か土産物屋に直行した先輩。その店先で呼ばれ、駆け寄る。普通に買うには早すぎる、という事は。

―この街のリサーチしかない。さすが…

「すんごく際どいビキニアーマーが売ってんぞ。よしクレア、ここは一つ試着を」

「する訳ないでしょうが」

分かってた。普段の先輩に、期待する私がいけなかったよね。

「くっ、まあ仕方ねぇか」

先輩は唇を尖らせるも、諦めて店の出入り口に向かう。


それとも今の発言は逆?着るのは私ではなく、先輩…

―嫌だ、絶対見たくない

いざという時はとても頼りになる。実現すれば、その尊敬メーターまで削りに来る程の大ダメージであろう。…想像したら負けだ。



頭を振り、先輩に続いて通りへ足を踏み出す。

ドン。

「っと。すまんすまん」

「…」

勢い良く走ってきた人影が、先輩にぶつかった。が、何の反応も見せずに去っていくその黒い影。ちょっとくらい謝ってもいいと思うけど。

「ゴスロリか…最高だな」

先輩は全く気にした様子がない。どころかあの一瞬で、しかも全身真っ黒だったにも関わらず、服装まで見ていたらしい。

ふと私は、先輩のリュックに引っかかっているアクセサリーが気になった。いつの間に買ったんだろうか。


ゴスロリさんが人混みに消えたその方向を、ぼんやりと見つめる先輩に声をかける。

「せん…」

「そのアクセサリー!あの男泥棒よ、誰か捕まえてぇ!」

そう叫びながら、年配の女性が近づいてきた。

先輩の顔の側で振ろうとした私の右手。その手が動く前に、あれよあれよと、周囲の店のご主人達が先輩を取り押さえる。

「…は?お、おい。ちょ、クレアー!」

「え、先輩!?」

後ろ手に連行される先輩。今度は私が立ち尽くし、茫然と見送っていた。




◆        ◆        ◆


「しまった。早く向かおう…」

見捨てられた、とか先輩が拗ねそうだ。

泥棒だなんて何かの間違いのはず。下着ならともかく…って、そんな事をしないのは分かってるけどね。


交番の場所を訊き、急ぎ足で向かっていると公園に差し掛かる。

「…はあ」

大きなため息が、ベンチに座った男性からした。

「はあ~」

さらに長めだ。どうしようか、先輩のところに行くべきだけど…

「は~はははあ~」

「分かりましたから!あの、どうされました?」

漏れているとは思えないくらい主張の激しい息に折れ、男性に話しかけてしまった私。

―ザ・負の感情って感じだし、これも冒険者として、事前に解決するのも努めってやつかな。


「おお、すまない。そんなに態度に出てしまっていたかな。綺麗なお姉さん、聞いてくれるかい?実はおじさんね…」

つらつらと語り始める男性。涙は見せないまでも、本当に苦しんでいるのだろう。

―誰かに話すだけで、気が楽になる事もあるよね。

適度に相槌を打ちながら、溢れる言葉に耳を傾ける。



「…つまり。失業してしまい、再就職が上手くいかない。そして、元々不仲だった家族にその状況を打ち明ける事もできず、板挟みなのがおつらいんですね」

男性が、こっくりと叱られた子供のように頷いた。

私達の間に、一瞬だけ強く風が吹き抜ける。つと上げた男性の顔は、晴れやかとはいかないまでも、すっきりとしていた。

「こんなおじさんの愚痴を真剣に聞いてくれてありがとう。君のおかげで、前向きになれた気がするよ」

「いえ、お役に立てたのなら良かったです。大変だとは思いますが、どうかお体を崩さずに。いつか時期をみて、ご家族に相談できるといいですね」

「そうだね、きちんと伝えようと思うよ」

そう決意し目尻を下げて笑う男性と別れ、私は先輩の元へと向かった。




◆        ◆        ◆


「クレア。随分遅かったな…」

「うっ、すみません」

かなり不機嫌そうな先輩の背中に、謝罪する。

私が向かったことと、ビキニアーマーを売っていた店の人が証言してくれた事で、ようやく誤解が解けて解放された先輩。

「だいたい、あんな変なアクセサリー盗むかってんだ」

確か、わら人形を何故かコミカルにしたようなデザインだった。ちなみに可愛くもファンシーでもない。一体何のモチーフなんだろうか…。


「違うっつってたのに…くそ」

「せ、先輩?」

前を早足で歩きながら、ぶつぶつと呟いている。間違えた街の人も、遅れた私も悪い。でも、

―こんな風に怒る人じゃない、よね

少し違和感を感じると、先輩がくるりと振り返る。


「…ふー。そういやクレアは、綺麗な赤い髪だよな」

「はい?ありがとうございます」

唐突に褒められた。そう言う先輩の顔は、まだ眉が寄ったままだけど。ストレートに言われると嬉しいし、多少照れてしまう。

「じゃあ、おっぱい揉ませてくれ」

「いやダメですけど」

「ち」

評価を上げたかと思えば、即落ちるような事をする。そこはいつもの先輩と言えばそうだけど、その後もしきりとセクハラ発言を続けてきた。

―必死すぎる。それで何かを振り払おうとしてるようにも…気のせいかな


やはりおかしい先輩の様子に、本気で心配になってきた頃。

私に向いている先輩の後ろから来た、子供たちがすぐ側を通り抜けてゆく。

「ほら早く帰ろうよー、あはは!」

キッズ用の安全な武器を、手に掲げながら駆ける。

ふわり。

それに引っかかり、持ち上げられた…私のスカートが。

「…!」

急いで手で戻すも、時すでに遅し。

「白、か。さすがだクレア」

「何言ってんですか!?」

―またカニみそ状態にしてあげますよ?

私はぐっと片手を握る。だが、さきに先輩が笑いだした。

「はっはは!あー。いいもん見て、もやっとした気が晴れたな!」

「…まあ、それならもういいです」

その言葉通り、憑き物が落ちたがごとく元に戻った先輩に、私も手を緩める。

本当は一発ぐらい殴っときたいけど!


日が落ちて人通りの少ないここを進もうとすると、どこからか小さな声がした。

「へえ。…には、-…んだ」

聞こえた方向を見る。少し離れたそこには真っ黒な人影が…昼間のゴスロリさん?

「あいつは」

先輩も気づいたようだ。じっと観察するように目を眇める。

「…い……」

口を動かし、何かを言っているようだが内容は分からない。

陽に赤く染まる建物。一度明滅してから点いた街灯が、ゴスロリさんを照らし、逆に黒が濃く映った。黒の面積が広く、輪郭が曖昧に感じる。


「なあ、君」

先輩がゆっくり、近づこうとする。

「…」

相手は何故か、先輩ではなく私に目を向けた。…恐らく。

目元が良く見えないが、そんな感覚がしたのだ。

ぞくりと、背筋が粟立つ。

―何、この禍々しい圧は

「おい、待て!」

先輩の叫びも虚しく。相手はその黒い輪郭を揺らし、暗くなってきた街のどこかへと消えていった。


「クレア」

「…はい、先輩」

「宿に行くか」

「そう、ですね」

ここにくるまでに見た、宿屋の方へと向かう。

道中の先輩に、おちゃらけた雰囲気はなく。何かを考え込んでいる様子だった。


ちなみに、泥棒事件のせいで宿屋の予約などをしている訳もなく。

探し回って、ぎりぎり野宿を回避できた。セーフだ。




◆        ◆        ◆


翌日。


昨日のせいで、夜はあまり眠れなかった。

―ゴスロリとはいえ、結構ホラーじゃない?あれ…

朝から頭がはっきりしないが、冒険者としての仕事をする為に街に出る。


「そうだ、先輩。公園に寄ってもいいですか?」

「いいけど、どうしたクレア?」

「ちょっとこれを渡したい人がいて…」

あげた私の腕には、サンドイッチ弁当が入った手提げ袋。

「お、くれんのか」

「違います」

当然のように手を伸ばす先輩の手を、ぴしりと落とす。


―昨日いたからと言って、まだここにいるとは限らないけど…

未練がましく袋を見つめる先輩を置いて、公園の場所を目指す。


まだ朝の為、人が少ないそこ。


あるのは、小さな遊具。

だが、それだけではなかった。


子供の遊ぶ公園に似つかわしくない、細いけれど高さのある、手の長い魔物。

そして。


あの悩みを聞いた、おじさんだった。


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