文字数 2,012文字

 ぼくたちのクラスでは、くじが向こう一ヶ月のぼくたちの席を決める。整理しておこう。

①ぼくたちは教壇に置かれた箱に向かって一列に並んで、順番に箱の中に手を入れていく。箱から引いた四つ折りの紙片をひらくと数字が書かれている。
②そのあいだに、倉田先生が黒板にマス目を描き、各マスを数字で埋めていく。数字は1から順に振られていくが、どのマスに振られるかは、倉田先生の自由意志による。これがぼくたちの座席表となる。
③ぼくたちは手にしている数字をマス目の中に見つけ、その結果、大声を出したり、友達の顔を見たりするのである。

 雨が降りはじめた昼休みに、体育準備室、次いで職員室へ体育教師を訪ねた。ぼくは日直で、ぶちねこがついてきてくれた。
「倉田の足元に席替えの箱あったな。」とぶちねこ。
 ぼくらは急いで教室へ戻ると、仲間を巻き込み、大胆な窃盗団となった。
「なんや?揃って?」
「今日の授業で、よくわからないところがあって、」
 倉田先生が田中のノートを覗いて、小笹がそのとなりで壁になると、一番小さなぶちねこがクルミを拾いに木から降りてくるリスのようにすばやく屈んで箱を持ち出した。両脇からぼくと小川がぶちねこをトイレまで挟んだ。ぼくらは箱をトイレットペーパーの在庫の裏に隠した。
「さて…」放課後、ぼくらは五人で一つの個室に入ると、便器の上に抱えたくじ引きの箱を囲んで、思案に暮れた。
 そうなのだ。席替えをコントロールするためには、箱だけでは足りない。なぜなら、隣り合う数字が、隣り合う席をあらわすわけではないからだ。倉田先生の自由意志も奪う必要があった。
「とりあえず実行に移してから考えよっていうたんはおまえやろ。責任もって、なんか思いつけ!」
 結局何もできないまま、ぼくらは箱を返すことにした。
 ぼくらは廊下からそっと職員室を覗いた。すると倉田先生がぼくらに気づいた。倉田先生はぼくらをにこやかに手招きした。箱を持っているぶちねこを残して、ぼくらは倉田先生の前に出た。
 倉田先生は笑いを堪えられないようすだった。「もう一人おるやろ、箱を持ってるやつが。」
 ぼくは廊下へぶちねこを呼びに行った。「バレてた。」とぼく。「でも、怒ってはなさそう。」
 ぼくは箱を抱えたぶちねこを連れてきた。ぼくらは、さあ残りの仕事を片づけてしまうか、でもちょっとしんどいな、という気分の先生には格好の、職員室のさらしものであった。
「で、なんか細工でもしたんか?」
「何もしてません。」
「そやろな。もしええ方法があるんやったら教えて欲しいわ。そのままにしとったるから。はっはっは。」

 次の席替えがはじまるとき、騒がしい教室のカーテンの裏側へ、ぶちねこがぼくを仲間の輪から連れ出した。「これ見て。」
 ぼくはぶちねこのてのひらを見、次いでぶちねこの顔を見た。「マジか。」
 ぶちねこは紙片二枚を隠し持っていた。箱を返す前に抜いておいたのだ。一枚をぼくに手渡した。「これを手の中に隠したまま、箱に手を突っ込んで、箱から引いたふりすればええから。」
「え?でも、」
「信じて!」
 ぼくはそのとおりにした。
 倉田先生が鼻歌交じりにマス目に数字を書いていく。チョークを指揮棒のように踊らせて。
 驚いたことに、ぼくとぶちねこの席は前後に隣り合わせになった。
 ぶちねこの披露したロジックはこんなふうだ。
 これまでの席替えを見ていると、倉田先生には、ランダムではあるが、できれば隣り合った数字を隣り合ったマスには振りたくないという意識が働いているみたいだ。もっともなんらかの法則にしたがっているわけではない(それではランダムにはならない)から、失敗することもある。あくまでも「できるだけ」である。
 しかし、マス目に数字を一つずつランダムに配置していくとき、当然、後半になるほど空いているマスの数は少なくなる。選択の自由度がなくなっていく。そしてもっとも配置が詰まる現象が起きやすいのは、最後から二番目と最後のマスにおいてである。もしもこれらのマスが隣り合って残ってしまったら、隣り合った数字を隣り合ったマスに配置せざるをえない。
 このことは、倉田先生もよくわかっている。だから最後から三番目の数字まで来たら、ちょっと手を止める。つまり、隣り合って残っているマスのいずれかに、最後から三番目の数字を入れるのである。こうすることで最後から二番目の数字と最後の数字を離れたところに配置することができる。
 よって、すべての数字のペアのうち、もっとも隣り合って配置される可能性が高いのは最後の数字と最後から

の数字である、ということが導き出される、とぶちねこはいうのである。
 そのとおりになった。ぼくは新しい席でぶちねこを振り返ると、ぼくらは目が合うだけでこぼれてしまう笑いに身をよじった。くじはふたたび四つ折りにして箱の中に戻すことになっているが、ぼくらは戻したふりをした。来月が楽しみだった。
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