文字数 798文字

 ぼくらは、サッカー部の連中を斜めに見ていた。
 ぼくらはぼくらの内では、かれらに対し、数には勝てない、というふうな姿勢を一応とっていた。だからといって個で優っている気もしなかったけれど。
 ぼくは、ある巨匠にちなみ、おさむしと呼ばれていた。五月の登山にえんじ色のベレー帽を被っていったからだ。
 おそむし、と呼ばれたこともあった。
 五月の登山で帰りのバスが走り出したとき、サッカー部が席を独占している後ろのほうがにわかに騒がしくなった。
「先生!一人忘れてる!」
「なんて名前やっけ?あいつ。」
 里山のなだらかな下りの道路を、かれはドラマチックに走って、バスに追いついた。
 それがぶちねこだった。
 走っているぶちねこの声は全然聞こえなかったらしいから、たまたま振り返ったサッカー部の目に留まったのはラッキーだった。
 ぶちねこはバスに笑いで迎え入れられた。
 ぶちねこもはにかんでいた。
 この出来事を思い返すとき、まともな点呼はなされなかったのか、余分に空いていた席にだれも気がつかなかったのか、などということがぼくの頭に浮かぶ。けれども、ぼくもやはり気がつかなかったのだから、何もいえない。
 それにあるきっかけを与えてくれたことには感謝しなくては。
 何日か過ぎたあと、ぶちねこがぼくらの仲間になりたいといってきたのだ。その理由として、ぼくらだけがぶちねこを笑わなかったからだということを挙げた。
「ほんまは、」と、ある真面目なときに、ぶちねこはいった。「あのとき、小川と田中と小笹は、笑ってた。」
「そうなん?」
「逆に、なんでおまえは笑わんかったん?」
「さあ。でも、すごいと思った。」
「すごい?なにが?」
「おれやったら、友達おらんかったら、登山なんか休んでるよ。」とぼくはいった。「勇気あると思った。」
 ぼくだけがぶちねこを笑わなかったことのお返しとして、ぶちねこはぼくのことをおさむしとは呼ばなかった。

つづく
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