#23 土地の名前

文字数 4,099文字

 先生が驚いたのも無理はない。
 狭いトンネル内の両側の壁には等間隔にくぼみがあり、そのくぼみの一つ一つにお地蔵さんが安置されているから……えっと……一応、食料とかを運ぶ道なんだよね?
 それなのにこの肝試し感たるや。

「気休め、なんだけどね」

 丸守さんがまた含みのある言い方をする。
 いったいどんないわくがあるというのだろう。
 聞いていいのだろうか、それとも口に出してはいけない類のことなのだろうか。
 両側からお地蔵さんに見つめられながら、僕らは地下道を歩きはじめる……非常に落ち着かない。

「しかしこの荷物重いよね。ねぇ、丸守さん、車でビューって行ったら早いんじゃないですかね?」

 先生が情けない声を出す。

「開園当初は車で行けたけれどね……でも今はもう無理なんだよ」

 何がどう無理なのかまでは説明してくれない。
 知らない方がいいこと、というキーワードが頭に浮かぶ。
 それからはしばらく無言のままだったが、先生が突如、嬉しそうな声を出した。

「ここらへんかな……丸馬城の未完の本丸の真下あたりに来たかなぁ」

 マニアって人たちは皆こうなのだろうか。
 重苦しい雰囲気にはならないからその部分は救われるけれど。

「……真下だと何かあるんですか?」

「昔の城はね、ちょいちょい基礎に人柱を埋めたりしているんだよ」

 人柱……聞かなきゃよかった。
 救われるとか一瞬でも思った自分が浅はかだった。
 ほら、そんなこと言われたら余計にお地蔵さんを直視できなくなる……目が合っちゃいそうで。

 丸守さんはと言えばそんなこと気にせずどんどん先へ行く。
 急いでいるのかな。
 ゴルフバッグは次第に肩に食い込んでくるし……だけどどうして僕や先生だったんだろう。

「ね、ねぇ、居なくなった子どもは探さないでいいのかい? これかなり重たいし、ちょっと降ろして『探し休憩』とらないかい?」

 先生がまたもや情けない声を出す。

「これでもペースを落としているんですよ? それに居なくなった子は……早く対処できれば戻ってきます。そういう意味でも急ぎます」

 丸守さんの歩く速度がさらに上がる。
 早ければ間に合う……瑛祐君の顔を思い出す。
 肩に担いでいるものとは違う重みをも感じる。
 理由も方法も明かしてはくれないけれど、僕が参加しているこれは「助けるため」の何かなんだ、きっと。
 そう考えてまた一歩を踏み出してゆく。

 やがて、車がUターンできるくらいの小さな地下空間へと出た。
 このへんは、人が掘ったというよりも天井や壁の一部は天然の洞窟っぽい雰囲気だ。
 人の手が加わった方の壁には開口部があり、上の方へ続く階段が見える。
 この上がもう城なのだろうか。
 確かドリームキャッスルとかいう名前。
 中にはレストランや宿泊施設もあって、泊まった人が深夜にだけ体験可能なアトラクションってのが云々ってトワさんが言っていたっけ。
 しかし丸守さんは階段はスルーして、天然な鍾乳洞っぽい方へと進んでゆく。

「あれれ? 外国のお城の方には行かないのかい?」

「この先からもつながっているんですよ」

 丸守さんの言う通り、ちょっと進むと明らかに人の手による石壁が見えてきた。
 綺麗にカットされた大きな石を積み重ねて造られた壁。
 石垣というよりは、大きめの石のレンガを組んで造った壁と言った方が近いかもしれない。
 その壁についている扉を丸守さんが開けた途端だった。
 中から何か強いものをビリビリと感じる……これ、あの目眩に近い感覚だ。

「赤間ちゃん、行けそう?」

「行きます」

 そう答えて僕は中に踏み込んだ。
 僕が迷っている間に瑛祐君に何かあったら……そう思うとわずかな時間も惜しかったし。

「わ、なんだこれ……これ、博物館レベルの蒐集品じゃないかね!」

 先生の声が興奮で上ずる。
 そこは確かにすごい空間だった。
 名前こそわからないがその用途は痛々しいくらいわかってしまうような道具の数々……拷問具が、先生の言う通り博物館のように並べられていた。

「ドイツの古城を買い取って運んだんだってね。向こうにあったもの何もかも、こっちに運んで再築したらしいよ。これらも全部向こうにあったものそっくりそのままで……なんていうか悪趣味な城主だよね。ここと、お姫様の部屋とは入り口がすっかり塗り固められて壁みたいになっていて、だから中身が持ち去られたりせずに済んだって話だよ」

「キミ詳しいねぇ」

「まあ、おいらの叔父さん、ホラーランド作った現場に居たからね。ドイツのお城の移築中に不自然な壁を発見してさ、ちょっとバラしてみたら頭蓋骨が埋め込まれた壁の向こうにお姫様の部屋が見つかって……ほら、ミラーハウスの二階になっているところ、あれが出てきてね。ちなみにここを埋めていた壁には首のない人間と、二匹の犬の骨が塗りこめられていたんだよ」

 黄金髑髏と犬の影を思い出す。
 あの時は結果的に助けてもらった。
 もしかしたらアクアツアーのあの白い手は、自分の頭をずっと探し続けていたのかもしれない。

「……もしかして、その時見つかった骨って……」

「赤間ちゃん、さすがだね。ここを造る時に『使った』という話は聞いているよ」

 使った?
 使ったって何に……。

「んで、ここがちょうど洋モノのお城の真下ね。この地下室は、城の地下一階の隠し扉からつながっている。もともとあった鍾乳洞に食い込んで作ったのでこんな感じになっているんだ。もっとも、おいらたちの目的地はこの奥だけどね」

 お地蔵さんに見守られる地下道も怖かったが、拷問具が並ぶ地下道も相当に怖い。
 ただ不思議なことに、このトンネルに入ってからは酷い目眩に襲われたりしていないかも。

「さあ、ようやく着いたぞ」

 拷問部屋を通り抜けて出た先は不思議な空間だった。
 ここだけ妙に広く、天井も高い。
 しかも壁は妙になめらかで、多分この部屋の形は今日の月よりも真円に近そうな感じ。
 しかもその壁際に沿って地下水らしき川が流れている。

「ゴルフバッグの中身を、部屋の中央に置いてほしい」

 言われた通りにしようとバッグのジッパーを下ろすと、中から人の頭が見えてぎょっとする。
 よく見ると石を彫った……。

「お、お地蔵さんっ? どうりで重たいわけですよ」

「手早く願いますよ。そのお地蔵さんを部屋の真ん中に置いたら、このダンボールの中身をお地蔵さんの周りに並べるのを手伝ってほしいんだ。なるべく間隔を開けないようにね」

 ダンボールの中身は木製の小さな仏像のようだった。
 それもたくさんある。
 だいたい500mlのペットボトルくらいの大きさ。

「これ、どういうことなんですか?」

「慰霊の儀式なんだ。江戸時代から一年も欠かさず毎年やっているんだが……今年は上に乗っていた重しが取れたせいか例年より激しくなっちゃったからな……おさまってくれるかどうか」

 重しって……まさか……。

「ここからはおいら一人でやらなきゃいけないんだ。赤間ちゃんたちは拷問部屋で待っててくれる?」

 気の乗らない待合室だけど、そうも言ってられないか。
 僕と先生は空になったゴルフバッグとダンボール箱を持ち、拷問部屋まで撤退した。
 丸守さんは何やら唱えながら祈っている様子。

「なるほどね」

 先生が急にうなずき始めた。

「先生、何がなるほどなんですか?」

「……あー、一応教職なんだけど、学校の外でまで先生って呼ばれたくないんだ。タガミでいいよ。田んぼの上で田上だ」

「はい、田上さん」

「あの壁、オウケツだな」

「オウケツ?」

「英語で言うとポットホール……水の力で石がくるくる回って、まあるい穴を作ることを言うんだよ」

「あの地下水が、ですか?」

 石を動かすほどの水量には見えなかったけれど……何かで増水することがあるのかな。

「この辺は昔から水の多い土地だった沼も多くてね。丸馬城の建設予定地も、そういう沼の一つだったと言われているんだ」

「でも、建てている途中で放棄されたんでしたっけ?」

「キミはなんで丸馬城って言うかわかるか?」

「……丸馬という地名だったから?」

「じゃあなぜ丸馬という地名になったのか?」

「……丸々と肥えた馬の産地だったとか」

「いいね、キミのその想像力。ワタシは嫌いじゃない……だけど違う。そういう理由だったならどれだけ良かったことか。地名ってのはね、歴史なんだよ。もちろん言葉通りの場合もあるし、歴史を隠そうとしてあえて言葉があてがわれることもある。例えば地名に『幸福』とか『平和』とか一見ハッピーな名前がついていたら、そこは昔、凄惨な事件があったり古戦場である場合がある。過去の嫌な記憶を隠すためにあえてそう名付けるんだ」

「丸馬も、そうなんですか?」

「あ、いや、失礼。教師なんてのをやっているからつい余計な説明までしてしまったよ。丸馬はね、そのままなんだ。ここに連れて来られた馬が、丸を描きながら倒れて死ぬ。だから丸馬。危険を知らせるための名前だったんだよ。津波がここまで来るよと知らせる『波分』とか土砂災害の危険を知らせる『蛇崩』とか、川の氾濫を告げる地名もある。とにかく丸馬はそういう危険を知らせる地名として南北朝時代の文献には残っているんだ」

「そんな危険な場所に城を建てようとしたんですか?」

「先人たちの知恵をね、バカにして気にしない権力者ってのはいつの時代にも居るもんなんだよ。ここは三方を山に囲まれ、守りやすい土地だと思ったんだろうね。確かに丸馬でさえなければ、いい城が建っていたかもしれないんだ」

 丸馬でなければ……。
 その名前が文献に残るほどの危険って……僕には想像がつかない。

「ふぅ」

 丸守さんが拷問部屋に戻ってきた。
 汗をびっしょりかいていた。
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