4−3)

文字数 3,739文字

 載は階段を駆け足で昇っていった。六徳と厘を追い越し、鳥居の前に着いた。「お父、先に行くよ」載は、鳥居をくぐり境内に入っていった。
 六徳と厘は階段を昇って行くと鳥居をくぐり、境内に入った。
 境内は隅に桜が植えてあり、桜の枝についている葉は所々黄色がかっていた。地面に落ち葉は殆どなかった。奥には流造の拝殿が建っていた。
 載は、須臾と計羅がいないのを確認すると拝殿の脇に向かった。
 六徳は周りを見た。「誰もいないが、出かけている訳ではないな」
「何故、そう思うのです」厘は、六徳に訪ねた。
「すれ違っていない」六徳は、拝殿の脇へ歩いた。
 厘は、六徳の後に続いた。
 載は、拝殿の脇から奥にある住居に向かった。間や玄関の戸が開いていた。
 庭では、須臾と計羅が箒で落ち葉を纏めていた。
 載は、須臾の元へ一目散に駆けていった。「須臾様」載は、須臾に声を掛けた。
 須臾は、声がした方を向いた。載が立っていて、驚いた。「載、どうしたのですか」
「あのね。お父が神社に行くって言うから、一緒に来たの」載は、須臾に抱きついた。
「六徳様がですか」
 載は、頷いた。
 六徳と厘が庭に来た。
「久しいな」六徳は、須臾に声を掛けた。
 須臾は、六徳に頭を下げた。
「六徳様。自ら境内への立ち入りを禁じたにも拘わらず、何故来たのですか」須臾は、六徳に尋ねた。
「理解出来ないのか、名主様は自らの意思で来たのだ」厘は、須臾に突っかかろうとした。
 六徳は厘の前に腕を上げた。
 厘は驚き、六徳の方を向いた。六徳は、険しい表情をしていた。
「名主様」
「須臾の疑問は当然だ。突っかかる理由はない」
「しかし」
「しかし、何だ」
 厘は項垂れた。「いえ」
「瞬息と村の状況について、話をしに来た」
「村の状況ですか」
 六徳は頷いた。「今すぐ話をしたい、瞬息は何処にいる」六徳は、須臾に尋ねた。
「瞬息様なら、奥の間にいます」
「分かった、中に入るぞ」六徳は玄関に向かい、家の中に入った。
 厘も六徳に続き、玄関から家の中に入った。
 須臾は、載の方を向いた。「載様は、瞬息様の元に行かないのですか」
「どうして」
「そう言われましても」須臾は首を傾げた。
「あたしはついて来ただけだよ。だからお父とは何も関係ないの」
 須臾は困った表情をした。突然の来客を、どうしていいのか分からなかった。
「皆で遊ぼう、計羅と那由多様は何処にいるの」載は、須臾に尋ねた。
「掃除しに外へ出る時、台所にいるのを見ました」
「じゃあ、そこに行こ」載は須臾の手を掴んで引っ張った。
 須臾は頷き、載と共に玄関に向かい、敷居をまたいで住居に入った。
 土間に出た。薄暗く、窓から日が差していた。釜が置いてあり、対面方向に座敷が有り、囲炉裏にはくすぶる炭が置いてあった。炭の匂いが全体に広がっていた。間と座敷とは障子で区切ってあった。
 載は周囲を見た。誰もいなかった。
「誰もいないよ」
「見れば分かりますよ」
 襖の向こうから足音が聞こえた。足音は徐々に大きくなった。
 間の襖が開き、瞬息が現れた。「須臾、ここにいましたか」
 須臾は瞬息の方を向いた。「御用ですか」
「話があります。離れに来て下さい」
「離れ、ですか」
「あたしは」載は、瞬息に尋ねた。
「須臾だけです。すぐ終わりますから載は待っていて下さい」
「あの、那由多様は何処に」須臾は、瞬息に尋ねた。
「那由多がどうかしたのですか」
「載様が探しています」
 載は顔を膨らませた。「いないの。なら須臾様と一緒に行く」
「那由多なら計羅と共に、森の様子を見に行っています。そろそろ戻ってくる頃です」
「戻るまで、待てませんか」須臾は、載の方を向いた。
 載は、僅かに俯いていた。
 瞬息は、ため息をついた。「仕方ないですね」
「ありがとうございます」須臾は頭を下げた。
 載は、囲炉裏の床に腰かけた。炉から温かな熱を感じた。
 玄関から那由多が計羅を連れて入って来た。
「あら、どうしたのですか」那由多は、載に近づいた。
「お父が神主様と話がしたいって、来たの」
 那由多は、瞬息の方を見た。「名主様は、何処にいますか」
「離れです」
 計羅が載の元に駆けて来た。
「久しぶりだね」
「うん」載は、計羅に対して頷いた。
 須臾は、載の隣に来た。「私は瞬息様に呼ばれていますから、ここで失礼させて頂きます」
「すぐ戻ってきてね」
「ええ」
 那由多は、載と計羅の手を取った。「ここでじっとしているのも退屈でしょう。外はまだ明るいですから、そこで遊びませんか」
「載、外で遊ぼう」
 載は、計羅の呼びかけに笑みを浮かべた。「うん」計羅は頷いた。
 那由多は、瞬息の方を向いた。「では、暫く外で遊んできます」
 那由多は載と計羅を連れて玄関に向かい、外へ向かった。
 瞬息は、須臾の方を向いた。
「では、行きましょう」
「はい」須臾はかがんで草履の紐を解き、囲炉裏の床に上がった。
 瞬息は踵を返し、間に入ると縁側を通った。須臾は瞬息の後ろを歩いていた。間と縁側を仕切る襖は開いていた。
「話とは、何ですか」
「名主様のいる所で話します」瞬息は、縁側の突き当りで立ち止まった。縁側は離れと、厠へとに分かれていた。離れは簡素な小屋で、襖は開いて間が見えていた。床には本が散らばっていていた。間では六徳と厘が外を見ていた。
「用はいいですか」
「大丈夫です」
「では、付いてきて下さい」瞬息は離れへ向かった。
 須臾は、瞬息の後に続いて離れに向かった。
 離れの戸は閉まっていた。瞬息は取っ手に手を掛けて開けた。戸は、鴨居とずれる音を立てて開いた。
 瞬息は、離れの中に入った。
 須臾も、瞬息に続いて離れの中に入った。
 離れの中は六畳間で、畳の床には本が所狭しと散らばっていた。隅に置いてある机には書きかけの帳面と本、硯と筆が無造作に置いてあった。六徳と厘は、床に散らばっている本をどかして座っていた。
 須臾は、六徳を一目見ると軽く礼をした。
 六徳も、須臾に軽く礼をした。
「来たか、座ってくれ」六徳は須臾に話し掛けた。
 須臾は、床全体を見回した。本が散らばっていて、座る場所がなかった。
「適当に払って下さい」瞬息は、六徳の隣に散らばっている本を手で払い、開いた所に座った。瞬息の隣には、風呂敷で包んである箱が置いてあった。
「は、はい」須臾は瞬息に習い、六徳と対面する側に来ると、散らばっている本を払って座った。
「話とは、何ですか」
 瞬息は、須臾の方を向いた。「明日の夜明けと同時に、今日向かった森に計羅を連れて行って下さい」
「明日ですか」
「そうです」瞬息は頷いた。「六徳様より村の状況を聞きました。本音を言えば、もっと調べて成果を確実にする必要がありましたが、仕方がありません」※
 須臾は驚いた。計羅を連れて行くのが明日と言うのは、余りに突然だった。
 六徳は唸った。「村の連中が明日、ここに来るらしい」
「話をしに、ですか」
「穏やかな話をしに来ると思うか」
 須臾は六徳の質問に、気難しい表情をした。村人と揉めた時の状況から、穏やかに話をしに来るとは考えられなかった。
「分かるな」六徳はため息をついた。「問題が起きる前に対処するべく、ここに出向いたのだ」
「須臾。大地の力について、武満山で話した内容を覚えていますか」瞬息は、須臾に尋ねた。
「大地の力が森に飛んだと言う話ですね」
「覚えていましたか」
 六徳は、須臾の話に驚いた。「待て、武満山に行ったのか」
「出向いて調べなければ、全容が分かりません」
 六徳は唸った、若い村人が話した内容が事実だと認識した。
 厘は、須臾の方を向いた。「じゃあ、昨日のあれは帰りだったのか」
「帰りとは」六徳は、鸚鵡返しに言った。
「ええ、武満山で」
 須臾が話を始めた段階で、瞬息は須臾の前に手を差し出した。話を止め、瞬息の方を見た。
 瞬息は頷き、相槌を打った。
「武満山からの帰りに村人と遭遇して揉めた所、かの者が来て仲裁に当たってくれました。須臾は私の命で共に同行したに過ぎません」瞬息は、淡々と説明した。
「あれだけ関わるなと言ったのに、相変わらず人の話を聞かない男だ」
 瞬息は軽く咳払いをした。「話を戻しましょう。池で起きている身投げは、池にある大地の力が武満山の麓にある森に飛び地をし、失った力の補填に魂を求めているのが原因です」
 六徳は気難しい表情をした。瞬息の言っている内容が理解出来なかった。
「して、対処法はあるのか」六徳は、とりあえずと言った調子で瞬息に尋ねた。
「ええ」瞬息は頷いた。「森から池に大地の力を繋ぎ、固定して造成前の状態に戻します」
「方法が分かっているなら何故、実行しなかった」六徳は、瞬息に尋ねた。
「飛び地したかどうか、確証がないからです」
「確証がない」六徳は、鸚鵡返しに尋ねた。
「相手は自然です。慎重に進めて確実に対処しなければ、余計な刺激を与え反動を食らいます。姿ケ池にある大地の力を刺激した為に苦しんでいる現状を省みたが故、浅慮な行動を取る訳には行かないのです」
 六徳は、須臾に目をやった。「大地の力とやらが原因として、どのように繋ぐのだ」
「計羅の力で大地の力を呼び起こし、那由多の力で池へ誘導出来るのではないかと考えています。過去より霊的な力を引き寄せ、制御する口寄せを応用します」
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