序
文字数 1,429文字
序
その少年は一目でなにか変わったところがあるとウィリアムは思った。もちろん黒い髪に象牙の肌、切れ長の目にアルカイックスマイルを浮かべた唇は東洋人特有で、十分周りの少年たちと違っていたのだが、そこはそれ、パブリックスクール・オースチン校の司書とは世を忍ぶ仮の姿、実体は十二世紀から続くネクロマンサーの子孫にして母親は魔女であるウィリアムにしか解らない「なにか」がある、と思ったわけだ。
それは授業が終わり、たくさんの学生が図書館に集っていた午後のこと。
寮の監督生 であるスコット・ウィービル君が小柄でやせた少年を伴って図書館に現れた。
新入生に学校の内部を案内するのは監督生の業務の一つ、ウィリアムもその情景は見慣れていたから、がっしりとした体格のスコット君が胸を張って前を歩き、時々後ろを振り返って後から着いてくる少年に何か話しかけるさまを見て、ああ、また新しい子なんだなあ、新学期じゃないけれど、植民地から本国の学校で学んだほうがいいだろうと父親によって繰り込まれた貴族のお世継ぎかしらん、などと想像しつつ、自分の机から眺めていたのだが、二人が近づいて来るにつれ、さわさわと不思議な空気の流れが肌を撫でるではないか。
その風は爽やかで柔らかく、邪悪ではない、だが今まで感じたことのない気だ、とウィリアムに教えている。
見た目は東洋人だけれど、どこの国の人だろう? 中国だろうか? 四千年の歴史を持つ中国にはたくさんの魔法が残っている、その片鱗をあの少年が担っている?
ウィリアムがじっと見ていると、やがてスコットは学生たちへの紹介を終え、ウィリアムの座っている机のほうを振り向いた。
「ウィリアムさん、新入生を紹介しますね」
ことさらスコット君の顔が嬉しそうになったのは、もちろん監督生としての任務を遂行することに喜びを覚えている以上にウィリアムさんに会えたからであり、そんなことはここで改めて言うまでもないゆえ、実況中継を続けるといたしましょう。
「ウィリアムさん、今日からオースチン校の生徒になる志門・九條です。志門君、彼はわがオースチン校の図書館を預かる司書・ウィリアム・クーパー・ポイズさん」
ウィリアムは立ち上がって手を差し出したが、少年は身体を二つ折りにして長い間床を見ているではないか。まさか床がウィリアムという名前だなんて思ってやしないだろうな、と思ったぐらい長い間少年は頭を垂れ続け、やがて顔をウィリアムに向けた。
「初めまして、僕は九條志門と言います」
少年は綺麗な英語で答え、スコットが「彼は日本からの留学生なんです」と付け足した。
「日本! 東洋の島国ですね、中国の隣の」
ウィリアムがそう言うと、志門少年は切れ長の目を見開いた。
「日本がどこにあるのか知っているなんて嬉しいです。この国では中国を知っている人は多いですけれど、日本のことはあんまり知られていないので」
スコットは「ウィリアムさんは物知りなんだよ」と得意そうにまた付け足す。
ウィリアムはじっと志門少年を見つめた。さっき感じた不思議な気は和らいで、今はもうあまり感じられない。
『遠い国から来たからなのかな』
異国の空気が彼によってもたらされたのかも知れない。
そう結論づけてウィリアムはもう一度手をさしのべ、志門少年はウィリアムの指を握った。その瞬間、志門少年はこの物語の重要な登場人物の一人となったのだ。
その少年は一目でなにか変わったところがあるとウィリアムは思った。もちろん黒い髪に象牙の肌、切れ長の目にアルカイックスマイルを浮かべた唇は東洋人特有で、十分周りの少年たちと違っていたのだが、そこはそれ、パブリックスクール・オースチン校の司書とは世を忍ぶ仮の姿、実体は十二世紀から続くネクロマンサーの子孫にして母親は魔女であるウィリアムにしか解らない「なにか」がある、と思ったわけだ。
それは授業が終わり、たくさんの学生が図書館に集っていた午後のこと。
寮の
新入生に学校の内部を案内するのは監督生の業務の一つ、ウィリアムもその情景は見慣れていたから、がっしりとした体格のスコット君が胸を張って前を歩き、時々後ろを振り返って後から着いてくる少年に何か話しかけるさまを見て、ああ、また新しい子なんだなあ、新学期じゃないけれど、植民地から本国の学校で学んだほうがいいだろうと父親によって繰り込まれた貴族のお世継ぎかしらん、などと想像しつつ、自分の机から眺めていたのだが、二人が近づいて来るにつれ、さわさわと不思議な空気の流れが肌を撫でるではないか。
その風は爽やかで柔らかく、邪悪ではない、だが今まで感じたことのない気だ、とウィリアムに教えている。
見た目は東洋人だけれど、どこの国の人だろう? 中国だろうか? 四千年の歴史を持つ中国にはたくさんの魔法が残っている、その片鱗をあの少年が担っている?
ウィリアムがじっと見ていると、やがてスコットは学生たちへの紹介を終え、ウィリアムの座っている机のほうを振り向いた。
「ウィリアムさん、新入生を紹介しますね」
ことさらスコット君の顔が嬉しそうになったのは、もちろん監督生としての任務を遂行することに喜びを覚えている以上にウィリアムさんに会えたからであり、そんなことはここで改めて言うまでもないゆえ、実況中継を続けるといたしましょう。
「ウィリアムさん、今日からオースチン校の生徒になる志門・九條です。志門君、彼はわがオースチン校の図書館を預かる司書・ウィリアム・クーパー・ポイズさん」
ウィリアムは立ち上がって手を差し出したが、少年は身体を二つ折りにして長い間床を見ているではないか。まさか床がウィリアムという名前だなんて思ってやしないだろうな、と思ったぐらい長い間少年は頭を垂れ続け、やがて顔をウィリアムに向けた。
「初めまして、僕は九條志門と言います」
少年は綺麗な英語で答え、スコットが「彼は日本からの留学生なんです」と付け足した。
「日本! 東洋の島国ですね、中国の隣の」
ウィリアムがそう言うと、志門少年は切れ長の目を見開いた。
「日本がどこにあるのか知っているなんて嬉しいです。この国では中国を知っている人は多いですけれど、日本のことはあんまり知られていないので」
スコットは「ウィリアムさんは物知りなんだよ」と得意そうにまた付け足す。
ウィリアムはじっと志門少年を見つめた。さっき感じた不思議な気は和らいで、今はもうあまり感じられない。
『遠い国から来たからなのかな』
異国の空気が彼によってもたらされたのかも知れない。
そう結論づけてウィリアムはもう一度手をさしのべ、志門少年はウィリアムの指を握った。その瞬間、志門少年はこの物語の重要な登場人物の一人となったのだ。