イラスト

文字数 748文字

 次の週。
 野本沙希は同じ服装で同じ席にいた。
「ここ、座っていいか?」
「ああいいよ・・・」
 野本沙希は椅子に置いた教科書のバリケードを机の右隅に置いた。今日もスケッチブックに何か描いている。デッサンだろうか?机にタブレットはない。スケッチブックをのぞくと、アニメのキャラクターらしき物を描いている。
「デッサンじゃないのか?」
「ああ・・・」
 野本沙希をそのままにして抗議に熱中した。講義二日目のこの日、生物学の歴史で終了した。学生が席を立ちはじめた。野本沙希はスケッチブックにペンを走らせている。
「今日は生物学の歴史だ。教科書を読めばわかる。講義もノートするほどの内容じゃなかったよ」
「わかった。来週もたのむ・・・」
 今日も、野本沙希はスケッチブックを見たままだった。
「何を描いてる?」
「見てのとおりさ。イラストを描いてる」
 それなら、なぜスケッチブックでなく、タブレットを使わない?疑問に思ったが、訊かずにいた。
「なにかの仕事か?」
「将来のな・・・」
「そうか・・・」
「じゃあな・・・」
 野本沙希を残して席を立った。
 描写が細かいとか粗いにかかわらず、描かれた画は心がこもっていると、見る者に感銘を与える。そう気づいたのは、ボランティアのスタッフとして行った小学生の野外学習だった。小学生が描いた牛や蜂など生き物の写生を見たとき、描かれた生き物の輪郭は写真に撮った場合とちがい、子どもたちが感銘を受けた部位が形も色も強調されていた。生き物として形は整っていなかったが、とても印象的で躍動感にあふれ、何を描いたのか、すぐわかった。
 それにくらべ、野本沙希のイラストには動きがなかった。キャラクターらしきものは全てどこかで見た画で、子どもたちが描いたような躍動感が感じられない。人真似の印象が強かった。
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