アニメクリエーター

文字数 1,335文字

「アニメクリエイターになろうと思う・・・」
 講義がおわると野本沙希が机の上の教科書とノートをショルダーバッグに入れながらつぶやいた。野本沙希はイラストを描くのだから、アニメ画を描けるかも知れない。くわしいことは知らないが、一枚のスケッチから動画を起こすにはアニメ作成アプリを使いこなさなくてはいけない。スマホでもタブレットでも、野本沙希がアプリを使っているのは見たことがない。
「どんな仕事をするか、知ってるか?」
「ああ、調べた。原作を書いて、シーンごとのコンテを描いて、そこから画像を作る。
 パソコンを使って画像をつくって、それが動くようにする。画像の配色などもあるけど、まあ、アニメ作成アプリを使いこなせるようにならなくっちゃな。
 処理するデータが多いから、それなりのパソコンとアプリが必要になるし、アプリを使いこなせるよう勉強するさ・・・」
「画像を作ったこと、あるのか?」
「ちょっとだけな・・・」
 野本沙希はショルダーバッグからタブレットを出して、作成したアニメ画像を見せてくれた。ごくありふれたアニメのイラストだった。
「こういう画像は描けるけど、動画にするには容量のでかいパソコンとアプリが必要だ・・・。だけど金がないし、原作もない・・・。
 だから、原作を書けるように文章を書く練習して、パソコンを買う金を稼ぐよ」
「そうか、がんばれよ・・・」
「ああ、昼飯、どこで食うんだ?学食か?」
「ああ、そうだ。野本は弁当だろう。学食でいっしょに食うか?」
「いいんか?」
 タブレットをバッグに入れて、野本沙希が立ちあがった。こっちを見ている。この時、はじめて野本沙希が小顔で背が高いのを知った。
 生物学の講義は、いつも教養部の教養棟三階の中講義室で行なわれている。三階の中講義室から、学生の多くがエレベーターを使って一階へ降りたが、野本沙希は階段へ歩いた。
「こっちの方が脚にいいぞ・・・。田村は、なんで私の話を聞いてくれたんだ?」
 野本沙希の声と足音が階段に響く。
「一生懸命だから、手助けしたいなと思った。あとでノート見せてくれといわれて嫌だとはいえないだろう・・・」
「ありがとうな。これからも頼むよ。学生寮にいるんか?」
「ああ、そうだ。蓮田に聞いたか?」
 蓮田は学生寮にいる美術科の一年だ。
「田村、油絵を描くんか?詩も書くんか?」
「ああ、昔な・・・」
 野本沙希の一方的質問に答えているうちに学食に着いた。野本沙希にテーブルの席を確保させ、定食を注文した。テーブルにもどると、野本沙希は弁当を食わずに待っていた。
「はい、お茶」
 野本沙希の前にお茶を置いた。野本沙希は驚きのまなざしでこっちを見ている。
「気にしないでくれ。これは我家でいつものことだ。よくかんちがいされる。
 お袋が車に乗るときはドアを開けて乗せてやる。スーパーへ買いものに行ったら。まっさきに買い物カゴを持ってやる。家族だけじゃない。親戚にもそうしてる。習慣なんだ」
「私が車に乗るとしたら、同じようにするか?」
「ああ、するよ」
「そうする理由は習慣だけか?」
「車の乗り降りで衣類が脚に絡まったら、路上に転げるからな」
 思わず、干物を干すみたいに野本が路上に転がる場面を想像した。野本は別のことを思っているらしかった。
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