吸血鬼の美青年

文字数 2,279文字

 窓から突然現れた彼はとても綺麗で・・・つい気を許したら・・・吸血鬼(ヴァンパイア)だった。

「ありがとう、ゴメンね……目が覚めたら動けるようになってるから。でも・・・。」

 眠っている彼女の耳元で、レインはそうささやきかけた。

 最初は戸惑いながらも部屋へ招き入れてくれた彼女。口には合わなかったけど、血の色をしたワインなるものを出してもくれた。そのうち楽しくおしゃべりして、何だかいい感じになって・・・優しく触れ合って、キスをしてくれた。

 なのに・・・。

 結局、殺さないでと泣きながら命乞いをしてきた。

「俺が吸血鬼だってわかったとたん・・・怖がられたのは悲しかったな・・・。」

 吸血鬼の青年レインは重いため息をついた。

 我慢を知らず絶命させてしまう愚か者がいるせいで、いちいち騒がれそうになる。快楽を得られるだけと分かってもらえたら、もっと吸血(しょくじ)がしやすくなるだろうに。どうやらこの町にも、そんな愚か者が来ていたようだ。

 吸血鬼の多くは人間を餌だと思っているらしい。満腹になるまで血を食らい、殺してしまっても、どこかでまた新たな命が生まれるからか何とも思わないのだろう。吸血鬼に寿命など無いのも同然だが、望まなければ増えることもないため、絶え間なく産まれてくる人間の方が遥かに数が多い。

 だが俺は、彼らをただの食料にはしたくない。一人でいい。助けてくれる人が欲しい。苦しまないように大事にするから、一緒に生きてくれる人。

 今は穏やかな寝顔でいるものの、首の小さな傷から少し血を流している彼女は、レインが

に選んだ若い女性だ。その彼女のことを、ベッドの縁に腰をおろしたレインは、そんなふうに憂鬱な気持ちで見下ろしていた。今夜も上手くいかなかった。だから、そろそろ行かないと・・・と思うも、気力がわかない。レインはのろのろと手を動かして、彼女の頬をなでた。

 ほのかに明るく色づいた人間の肌の色が好きだ。素敵な笑顔を見せてくれると、もっと心地よくなる。暗い場所でしか生きられない俺は、人間が知っているいろんな温もりに憧れている。人は美味しいと感じるものを気持ちよく食べられる。特に若い女性の生き血は美味い。でも・・・それを、俺は気分よく味わったことがない。そんな温もりを、俺は知らない。後味はいつも虚しさで・・・出会い方がいいほど苦くなる。

 わかってもらえたら、俺も知ることができるはずなのに・・・結局、台無しにされる。怯えきって泣きじゃくる、嫌悪と恐怖でゆがんだ顔に・・・もう、うんざりだ。

 バタンッ!

 何やら気配がみるみる近づいてくるかと思うと、この部屋のドアが突然、大きな音をたてて開いた。

 そして目の前に現れた見知らぬ男は、状況をひと目見ると、全てを察した様子でいきなりこう怒鳴りかけてきたのである。

「この・・・(いや)しい吸血鬼が、俺の婚約者(フィアンセ)を・・・よくも!」

 婚約者(フィアンセ)・・・ああ、なんだ・・・そっか。レインは、はあ・・・とまた重いため息をついて、ようやく腰を上げた。

「そうなんだ・・・。でも大丈夫。疲れて眠ってるだけだから、死んでないよ。痛みもすぐに快感に変わるから苦しめていないし。」
「ふざけるな!」
「彼女、美人だね。でも、さ・・・彼女でいいの?」
「は?どういう・・・。」

 レインはほほ笑んでみせた。そして、あなたのことは何も言わなかったし、ここには喜んで入れてくれたよ・・・と伝えたかったが、やめた。

「まあ、いいや。とにかく手を出してゴメン。それじゃあ・・・。」

 バルコニーに立ったレインは変身能力を使い、背中からコウモリの羽のような大きな翼を生やした半獣になった。ここは高層住宅街の三階だ。このまま空を飛んで去れば簡単だし面倒がなくていい。そもそも、ここに来たのだって、このバルコニーからだった。

「こいつ、くそ!窓から逃げたぞ!」

 男が叫ぶ声が聞こえてよく見てみれば、周りの建物のベランダやバルコニーに、クロスボウを構えた大勢の男たちがいる。組織化された集団に狙われるのは初めてだ。

 待ち伏せか・・・ああ、この町もとうとう始めたのか。そう理解すると同時に、彼女はおとりになったのか?とも考えたが、それにしては、あの男の登場が遅すぎる。俺でなければ、彼女は死んでいたかもしれないのに。恐らく窓から入ったのを見られて、通報されたのだろう。

 こんな時についそう考え事をしていたせいか、もっと高い夜空に飛びたったつもりが、思いがけず強烈な痛みに襲われた。しまった、背中をやられた。突き刺さっているのは、矢というより銀針のようだ。太い。衝撃と痛み、そして混乱と焦りのせいで、体勢を崩したレインは墜落しかけた体を無理にもちなおした。そして幸い、射程範囲を抜けることができ、どうにか意識を保ったまま討伐隊の視界からも逃れて、街から遠く離れた森まで来ることができた。が、まともに立つこともできないほど応えていた。もう、飛ぶことも。だが、朝になるまでに暗い場所に隠れなければ、太陽に照らされたら灰になって死んでしまう。

 そう恐怖にかられたレインは、陽の光をずっと遮れる場所が近くに無いかと顔を上げた。人間の視力では何も見えないほど森の中は暗いが、吸血鬼であるレインには小道が見えた。それをたどると、木々をかすめて明かりが灯っているのが分かる。人間の家だ。そう遠くない。

 傷を癒さないと・・・人間の血・・・。

 ポツンと見える小さな灯りに誘われて、レインはほとんど体を引きずりながら動きだした。しかし、そこへと辿り着く前にとうとう意識が朦朧としてきて、これ以上耐えることはできなかった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み