1日目

文字数 1,635文字

「やあ、初めまして。キミはボクが誰か、わかるよね」

これが噂に聞く

であるとすぐにわかった。それは僕の運命が決まった瞬間。一週間後にこの世を去るという、実にシンプルな運命だ。


***


ここは善の国。より良き世界を目指して、誰もが日々自己鍛錬に励んでいる。そうでなければ「評価」に影響が出てしまうので、自主的と謳いながらも義務に近いと思っているけれど。
この国に生まれ落ちた者は皆、生まれた瞬間に評価特化型マイクロチップを組み込まれる。そして生涯に渡って社会貢献度や善意、自律心といったものを国に監視され、評価されるのだ。全ては、より良き世界のために。


僕自身も、何ら疑うことなく「善意に溢れる存在」であると自認していた。自分よりも周りの幸せを優先することが僕にとっての幸せだったし、周りを楽にするべく心血を注いだ。そうやって、周りの期待に応え続けた。

けれどあるとき、期待に応えられなかった。そして周りは僕を無言で見捨て、誰も手を差し伸べず、己の未来のみを見据えて邁進していった。
僕は学んだ。周りは、数えきれぬ善意より、たった一度の失敗を評価する。そして学びは終わりの合図。僕は、面白いくらいに堕ちていった。

ここは善の国。一度堕ちれば再起不能な世界。なすがままに堕ち続け、底に辿り着くのは簡単だった。

底を回遊しているうちに、彼に出逢った。


***


「早速だけど自己紹介をさせてもらうね。ボクはボクだよ。よろしく」

「はい。どうも」

「今日から一週間、キミのそばにいるね。キミには拒否権も選択権もない。素直に受け入れてね」

「はい」

「この一週間はキミを評価するためだけにある。キミがこれからもこの国にいる価値があるか否か、ボクに魅せてね」

ここまで聞いても特に驚くことはなかった。これは「選択淘汰」と呼ばれる人の間引き。国が秘匿し民は知らぬふりをする、誰もが既知の事実。

一定期間において、個人の貢献度が要求される水準を下回ると、国から「評価者」と呼ばれる人型アンドロイドが派遣される。それらは人に寄り添い観察しながら対象(ひと)を評価し、一週間後の運命を決める。改善の見込み有りと判断されれば復帰訓練施設に送られ、見込み無しとなれば、被評価者は淘汰される仕組みだ。ただ、彼らが派遣された時点で望みを絶たれたも同然で、淘汰率は99.9%と聞く。彼らの登場は、またの名を余命宣告と言う。

「それと説明をもう一つだけ。この一週間、毎日ひとつキミの願いを聞いてあげる。評価の解除以外なら、なんでも遠慮なく言っていいよ」

評価制度についてはあらかた知っていたつもりだが、願いの存在は一度も聞いたことがなかった。

「願い?」

「そう。キミも耳にしたことがあるだろうけど、この評価は厳しくてね。ほぼ100パーセントの確率で、ボクはみんなを天国へと誘うんだ。最期くらい

を見て気持ちよく終わりたいだろう?ボクに逢えてよかったね、おめでとう。さあ、教えてごらん。キミはどんな夢を見たいんだい」

「じゃあ、抱いてもらっていいですか?」

「どういう意味かな?」

「僕と、シテもらっていいですか?」

「キミは、この瞬間を含む全ての時間及びその一挙手一投足が評価対象であることを、自覚しているかな?」

「ええ」

「なるほど。いいよ、お望みのままに。それがキミの本心なら、叶えてあげようか。ボクにできないことはない。むしろ想像以上のものを与えてあげられるよ。でもね」

彼はゆっくりとこちらに近づき、唇が触れる瞬前で動きを止め、楽しそうに僕を見下ろした。アンドロイドなのに、空のように透き通った香りがした。

「極上の快楽に取り憑かれて、その生に未練が残っても、キミはもう戻れない。ボクは忠告したからね」



どんなに最高の思い出を作っても、そんなもの死の瞬間に呆気なく手放すのが目に見えている。ならばこうして快楽に溺れて、自分を忘れたいだけ。束の間、自分をこの世から、なくしたいだけだ。僕のカラダはどうなってもいい。



この一週間は、死への肩慣らしだ。


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