第4話
文字数 1,717文字
3年ほど前の、夏の夕方の話である。
「母ちゃーん、ヤモちゃんが、ヤモちゃんが・・・。うわああー。」
散歩から帰るや否や、息子が号泣しながら半狂乱で玄関先に飛び出してきた。
一体何事かと尋ねると、
「ヤモちゃんが、たぶん、死んじゃってる。・・・うわああーーん。」
まさか、そんなバカな。
さっき霧吹きで水をかけたし、直射日光を避けるために、ケージは木陰に置いておいた。なによりも、さっきゲロリーヌ(息子が命名したアマガエル)の無事は確認してたじゃないか。ゲロリーヌは両生類で、ヤモちゃんはは虫類だ。生物の進化の過程を考えれば、熱や乾燥に強いのはは虫類の方に決まってる、はずじゃ・・・。
恐る恐るケージを覗くと、あろうことか、ニホンヤモリのヤモちゃんは、ケージの隅っこで、体を折り曲げるようにして絶命していた。
霧吹きで水をかけたのにも関わらず、ヤモちゃんの皮膚は既に乾燥が進み、無残にも縮んでいた。
慌ててもう一方のケージを確認すると、ゲロリーヌは無事だった。
“なんであのとき、ヤモちゃんも確認しなかったのか”
“なんでもっとたくさん、水をあげなかったのか”
“なんで、もっと早く室内に入れなかったのか”
なんで、なんで、・・・。
どれほど嘆いても、どれほど悔いても、ヤモちゃんはもう戻ってこない。
息子と私は、ひとしきり泣いた。
ニホンヤモリは、都会にも生息しているようだが、思いの外繊細な生き物だ。
エサは、生き餌でないと食べない。
冬になっても冬眠せず、休眠の形をとるので、エサやりにとても苦労する。
脱皮をするのだが、乾燥していると脱皮不全を起こすため、頻繁に霧吹きなどでの水やりが必要になる。
適度に日光浴をさせないと、くる病になる。
そして、基本的に、人間には懐かない。
息子は、たまたま見つけて捕まえたニホンヤモリを、ヤモ太郎と名付け、ことのほか大事に飼っていた。
恐竜が大好きな息子にとって、ニホンヤモリはまるで小さな恐竜のようで、かっこいい憧れの存在なのだ。
小さな虫を見つけて、そろりとそれに近寄り、見事にカプっとかぶりつく様子は、何度見ても飽きることのない狩りの瞬間である。
学校の行き帰りには、必ず霧吹きで水やりをし、合間に庭で日光浴をさせる。
家の中に出る小さなクモや、庭に来るシジミチョウなどをなんとか捕まえて、ケージに入れる。
そして、ヤモ太郎が立派に狩りをする様子を観察する。
心配した初めての冬を越すことが出来たとき、ほっと胸をなで下ろした。
春が来れば、また命のめぐりがはじまる。
初夏の頃、ヤモ太郎に気になる変化が現れた。
お腹に何か、白くて丸い塊が出来ている。
まさか、何か悪いできものでもできたのだろうか。
あまりエサも食べなくなったので、とても心配した。
しばらくすると、ケージの蓋の隅っこに、丸く白いものがくっついていた。
ヤモ太郎は、というと、すっかり痩せて、元気がなくなっていた。
そして、これまでお腹にあったはずの、丸くて白い塊が消えていた。
あ!
ここへきて、ようやく理解したのだ。
ヤモ太郎は、実はメスだったのだ、と。
そして、悪いできものかも知れないと思っていたものは、実は卵だったのだ、と。
りりしい顔つきだったので、すっかりオスだと思い込んでしまっていた。
その日から、ヤモ太郎は、ヤモちゃんになった。
ヤモちゃんは、パートナーのオスがいるわけでもないのに、卵を産み落としたのだった。
当然、受精卵ではないので、そこから何かが生まれ出ることはない。
その卵は、透けているかのような淡い白で、生命力は感じられず、どこかはかなげだった。
だが私は、女であるとはどういうことか、の本質を突きつけられたように感じたのだ。
女が生まれながらに腹に抱えている卵には、卵としての意思が宿っているのかもしれない。
たとえどんなことがあろうとも、結果としてどういう運命をたどろうとも、この世に生まれ出たい、という意思である。
卵の意思に導かれるようにして、産み落としたに違いない。
そう思うと、大仕事を終えてやせ細ったヤモちゃんが、私には、気高く、尊い存在に見えた。
あれからヤモちゃんは、庭の、息子が掘った小さな穴の中で眠っている。
カブトムシのカブ太郎とカブ子、カナヘビのカナちゃんと共に。
「母ちゃーん、ヤモちゃんが、ヤモちゃんが・・・。うわああー。」
散歩から帰るや否や、息子が号泣しながら半狂乱で玄関先に飛び出してきた。
一体何事かと尋ねると、
「ヤモちゃんが、たぶん、死んじゃってる。・・・うわああーーん。」
まさか、そんなバカな。
さっき霧吹きで水をかけたし、直射日光を避けるために、ケージは木陰に置いておいた。なによりも、さっきゲロリーヌ(息子が命名したアマガエル)の無事は確認してたじゃないか。ゲロリーヌは両生類で、ヤモちゃんはは虫類だ。生物の進化の過程を考えれば、熱や乾燥に強いのはは虫類の方に決まってる、はずじゃ・・・。
恐る恐るケージを覗くと、あろうことか、ニホンヤモリのヤモちゃんは、ケージの隅っこで、体を折り曲げるようにして絶命していた。
霧吹きで水をかけたのにも関わらず、ヤモちゃんの皮膚は既に乾燥が進み、無残にも縮んでいた。
慌ててもう一方のケージを確認すると、ゲロリーヌは無事だった。
“なんであのとき、ヤモちゃんも確認しなかったのか”
“なんでもっとたくさん、水をあげなかったのか”
“なんで、もっと早く室内に入れなかったのか”
なんで、なんで、・・・。
どれほど嘆いても、どれほど悔いても、ヤモちゃんはもう戻ってこない。
息子と私は、ひとしきり泣いた。
ニホンヤモリは、都会にも生息しているようだが、思いの外繊細な生き物だ。
エサは、生き餌でないと食べない。
冬になっても冬眠せず、休眠の形をとるので、エサやりにとても苦労する。
脱皮をするのだが、乾燥していると脱皮不全を起こすため、頻繁に霧吹きなどでの水やりが必要になる。
適度に日光浴をさせないと、くる病になる。
そして、基本的に、人間には懐かない。
息子は、たまたま見つけて捕まえたニホンヤモリを、ヤモ太郎と名付け、ことのほか大事に飼っていた。
恐竜が大好きな息子にとって、ニホンヤモリはまるで小さな恐竜のようで、かっこいい憧れの存在なのだ。
小さな虫を見つけて、そろりとそれに近寄り、見事にカプっとかぶりつく様子は、何度見ても飽きることのない狩りの瞬間である。
学校の行き帰りには、必ず霧吹きで水やりをし、合間に庭で日光浴をさせる。
家の中に出る小さなクモや、庭に来るシジミチョウなどをなんとか捕まえて、ケージに入れる。
そして、ヤモ太郎が立派に狩りをする様子を観察する。
心配した初めての冬を越すことが出来たとき、ほっと胸をなで下ろした。
春が来れば、また命のめぐりがはじまる。
初夏の頃、ヤモ太郎に気になる変化が現れた。
お腹に何か、白くて丸い塊が出来ている。
まさか、何か悪いできものでもできたのだろうか。
あまりエサも食べなくなったので、とても心配した。
しばらくすると、ケージの蓋の隅っこに、丸く白いものがくっついていた。
ヤモ太郎は、というと、すっかり痩せて、元気がなくなっていた。
そして、これまでお腹にあったはずの、丸くて白い塊が消えていた。
あ!
ここへきて、ようやく理解したのだ。
ヤモ太郎は、実はメスだったのだ、と。
そして、悪いできものかも知れないと思っていたものは、実は卵だったのだ、と。
りりしい顔つきだったので、すっかりオスだと思い込んでしまっていた。
その日から、ヤモ太郎は、ヤモちゃんになった。
ヤモちゃんは、パートナーのオスがいるわけでもないのに、卵を産み落としたのだった。
当然、受精卵ではないので、そこから何かが生まれ出ることはない。
その卵は、透けているかのような淡い白で、生命力は感じられず、どこかはかなげだった。
だが私は、女であるとはどういうことか、の本質を突きつけられたように感じたのだ。
女が生まれながらに腹に抱えている卵には、卵としての意思が宿っているのかもしれない。
たとえどんなことがあろうとも、結果としてどういう運命をたどろうとも、この世に生まれ出たい、という意思である。
卵の意思に導かれるようにして、産み落としたに違いない。
そう思うと、大仕事を終えてやせ細ったヤモちゃんが、私には、気高く、尊い存在に見えた。
あれからヤモちゃんは、庭の、息子が掘った小さな穴の中で眠っている。
カブトムシのカブ太郎とカブ子、カナヘビのカナちゃんと共に。
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