第7話

文字数 1,824文字

2024年1月30日、「トヨタグループビジョン説明会」の記者会見を動画で見た。

前年12月20日に、ダイハツ工業による、国の認証申請における不正行為と、それに伴う国内・海外全工場出荷停止、という前代未聞の発表がされて以降、未だ事態の収束を見ないなかでの記者会見であった。

世間は大変な騒ぎになっている中で、トヨタ自動車の豊田章男会長(以下、敬愛の念を込めて「章男さん」と記す)は、果たして何をどのように語るのか。
それこそ、固唾をのんで見守った。


記者会見を見終わったとき、私は、図らずも涙を流していた。
章男さんは、「大丈夫だ。必ず立ち直れるぞ。」と語りかけている。
まるで矢を射るが如く、まっすぐに。
そう確信を得て、安堵してのことだった。


全体の印象として、記者会見の間、章男さんは終始、とても「自然体」に見えた。
過度の緊張から来る、どこか怯えたような表情でもなければ、現状を悲観しきって開き直ったような様子でもない。
そして、第三者委員会の報告書など、目を通していないものは通していないと言い、記者からの、いつまでに何をするといった定量化を迫る質問に対しても、分からないことは分からないと言う。
決して、知っているふり、分かっているふりをしない。
何と正直なことか。

トヨタグループ内での、認証取得に係る不正が相次いで発覚する中、世間の目はかつてないほどに厳しさを増している。
少しでも隙を見せれば、ここぞ、とばかりにあげ足を取りにかかるメディアから、袋叩きにされてもおかしくない状況のはずだ。
そんな中、たった一人で章男さんは壇上に上っている。
ヒリヒリするような緊張感のなかで、なぜこれほどまでに「自然体」を保てるのだろうか。
並みの経営者には、到底務まるとは思えない。
アメリカの公聴会での証言注1)をはじめ、幾多の修羅場を乗り越えてきた経験があるとはいえ、この計り知れない強さは、一体どこから来るのか。

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「強さを支えるものは、一体何なのか」。

この問いに対する、1つ目のヒントとなりそうな話が、記者会見の冒頭に出てくる。
「次の道を発明しよう」。
この言葉が、トヨタグループの今後進むべきビジョンとして発表されたのだが、それに至る、トヨタグループの原点について、章男さんは語った。

誰かを思い、学び、技を磨き、ものを作り、人を笑顔にするーーートヨタグループの原点は、発明への情熱と姿勢である。
トヨタグループの祖業を興した豊田佐吉は、1890年、豊田式木製人力織機を発明した。
「苦労する母親を少しでも楽にさせたい。」
その一心で、豊田佐吉は、発明に邁進したのだった。
発明の出発点は、誰かを思うその対象とは、母、なのである。


2つ目のヒントは、章男さんの、トヨタ自動車創業者・豊田喜一郎に対する思いに触れることで現れる。

2023年3月31日、14年近く務めた社長最後の日、章男さんは、実家の豊田喜一郎邸を訪れた。注2)
そこで、トヨタマンであった39年間、そして社長を務めた14年間を振り返りながら、「唯一褒められたい人」として、豊田喜一郎の名を挙げ、目を潤ませ、時折声を詰まらせながら、こう語った。

『お前みたいな孫がいて良かったよ、っていうね。
これが唯一、私の希望。
結構、満身創痍でね、孤軍奮闘の闘いだったですよ。
だから創業メンバーは、もっともっと大変だったと思うんでね。
自分があっちの世界に行ったときにね、お前が孫で本当に良かったよ、と。
従業員とか、皆さん、笑顔だなあ、と。
自分たちがつくった会社が、そういう風にバトンを渡したな、というのが言われたい。
その一心ですね。』
(トヨタイムズニュース「「豊田章男会長がどうしても行きたかった3つの場所 
“社長”最後の日に密着」より抜粋)

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己の原点をからだの芯に持ち、来し方行く末に思いを馳せる。
志を同じくする者たちと、苦楽を共に歩む。
まさに、一心不乱に、天命を生き抜く、ということである。







注1) 2010年2月24日、豊田社長(当時)とトヨタ・モーター・ノース・アメリカの稲葉社長(当時)が、米国下院の監督・政府改革委員会の公聴会に出席・証言した。
(トヨタ企業サイト 75年史「文章で読む75年の歩み」より)

注2) トヨタイムズニュース「豊田章男会長がどうしても行きたかった3つの場所 “社長”最後の日に密着」より
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  • (1)はじめに

  • 第1話
  • (2)手から伝わる思い

  • 第2話
  • (3)限りのあるもの

  • 第3話
  • (4)ニホンヤモリと息子

  • 第4話
  • (5)公立小学校の、先生と級友たち

  • 第5話
  • (6)食べることで命をいただく、ということ

  • 第6話
  • (7)「強さ」を支えるもの

  • 第7話
  • (8)「少子化」とは何か

  • 第8話
  • (9)母親は交換可能か

  • 第9話
  • ①世の中の動向

  • 第10話
  • ②子どもにとっての、安全基地としての母親は、如何にして”誕生”するか

  • 第11話

登場人物紹介

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