第2話
文字数 2,840文字
今日は月に一度の大聖女様との謁見の日だ。
天気は雲一つない晴天、謁見に相応しい日となった。
大聖女様との謁見はお告げを授かる場合もあり人によって時間の長さが異なる。私は比較的いつも短めで何ごともなく終わっている。
謁見後は自由時間となるのでなにごともなく早く終われば終わるほど自由時間が増えるので私としては時間が短い方が嬉しい。今日の自由時間には何をしようかなと列の最後尾でくだらないことを考えていると列の前の方が騒がしくなった。何ごとかとひょいと前方を見ると昨日私を苛めてというかいちゃもんをつけてきた二人が泣いていた。
周囲の声を聞き取るに「聖女見習いをクビですって」「やっぱりあの人呪われているのよ」「こわいわね」ここでいうあの人はどう考えても私だ。呪われているっていうのは言いすぎだろと思いながらも心当たりがありすぎてなんとも苦渋を舐める思いだ。どうせなら仕返しは自分でしたい。
「またか……」
とポツリと呟くと前に並んだ子がびくりと肩を震わせる。
なんだあんたも私に何か思うことがあるのかと思わなくもなかったが、話しかけても怯えられるだけなので何も言わないことにした。
暫くの時間待つとようやくアイシアの番が終わったらしく、ぼんやりとした表情のアイシアが私のところまでやってきた。
「アイシア終わったの?」
「うん……」
「なんかぼーっとしてるけど大丈夫?」
「あのねレミィ」
「うん?」
アイシアが私の手を掴み、ぎゅうと力を籠める。
「私、明日から聖女だって、お告げがあったんだって」
「凄いじゃんアイシア! やっぱりアイシアが星見の聖女だったんだ!」
掴まれた手を振りほどきアイシアを抱き締める。そうするとポンポン、ポンと薔薇が咲いて周囲に満ちていく。甘い花の匂いが辺りに充満し色取り取りの薔薇が溢れていく。
「わ、わ」
薔薇に埋もれる、と言う前に周囲に人が押し寄せてくる。
「アイシア様おめでとうございます!」
「やはりアイシア様が聖女だったのですね」
「私は分かっていましたわ!」
「あ、ありがとう皆さん」
若干の上から目線の発言がある気もするがアイシア自身が何も思っていなさそうなので突っ込むのはやめにした。アイシアはあっという間に人だかりに囲まれ私はその波から弾き飛ばされてしまった。
しかし、大聖女様との謁見はまだ続いている。大聖女様がいらっしゃる部屋の扉を見れば誰も並んでいなかったのでこれ幸いと扉をノックする。そうすると中から「どうぞ」と声が返ってくるので「レミィ・パーカーです」と名前を名乗り室内に入る。
「いらっしゃい、レミィさん。さあおかけになって、温かい紅茶を淹れるわね」
「はい、ありがとうございます」
私は勧められるまま椅子に腰かけ、目の前に置かれた紅茶をじっと見つめた。
早く終われば終わるほど良いと言っておきながら、実の所私はこの大聖女様との二人きりの時間が好きだった。緩やかに流れる時間と不思議な花の香りのお香が充満した部屋は嫌なものではなかった。ここではどんなことを話しても許されるというのが分かる、そんな雰囲気があった。
大聖女様は六十を過ぎているらしいというのは噂で聞いたことがあるが本当だろうか。そんなことを感じさせないくらい美しく嫋やかだった。緩く髪を結い上げ白い礼拝服に身を包んだ姿は現役の聖女と言っても通じるだろう。
大聖女様は聖女とは違い不思議な力があると言う。目に見えないエーテル体や精霊が見えるらしいのだ。
「あの」
「はい、なにかしら」
まずはアイシアのことから相談しよう、と佇まいを正す。
「アイシアが明日から聖女になるって聞きました、私は何をしてあげられるでしょうか」
大聖女様はそうねぇと顎に指を当てて言葉を続ける。
「そのままで居るだけで良いと思うわ。今までと変わらない関係でただ傍に居てあげるだけでいいの」
「それだけでいいんでしょうか……」
「ええ、それだけでいいわ。それが彼女を救うから」
「わかりました」
傍に居るだけで良いと言うのなら嫌がってでも傍に居るようにしよう。
「あの、あと困っていることがあって」
「何かしら?」
私は自分に危害を加えた人物がことごとく罰が当たっていることを相談した。
気のせいならそれでいいのだが、何か悪いものでも憑りついているのではと。
そこまで話して大聖女様は目を丸く見開いてから大声で笑い始めた。
え、そんな変なことを言ったのか。
「あははっ、ふふふっ」
「……大聖女様?」
「あらあらごめんなさいね。ええと、そうね。悪いものが憑いてるわけではないわ。むしろあなたにとっては良いもののはずよ」
「そうなんですか……」
仕返しの場を奪っておきながら良いものとはこれ如何に。
私が納得いかないと首を捻っていると大聖女様がにこりと微笑んでから一つお告げを下さった。
「十八歳の誕生日に迎えに来るそうよ、その日に全てが変わると」
「ありがとうございます」
「他に困ったことはなかったかしら」
「はい、ありません」
「それは良かったわ。いつでもいらっしゃいね」
その言葉を合図に、ぬるくなった紅茶をぐいっと呷るとぺこりとお辞儀をする。
扉が閉まる直前に大聖女様が「苦労しますよ」と言っていたのが気になるが気にしないことにした。
「レミィ!」
「アイシア」
名を呼ばれ振り返るとアイシアが腕の中に飛び込んできた。
まあなんてかわいいのでしょうかと思わない訳がない。
「どこに行ったのかと思った」
「大聖女様との謁見だよ。アイシアが他の人に囲まれてたからさ、行ってきた」
「何かお告げはあったの?」
「うーんあった」
なあにその反応とアイシアは笑う。
「私に危害を加えるとその人に何かしらが起こるって相談したんだけどね」
「うん」
二人で歩きながら先ほどの話をする。
大聖女様には全てが見えているんだろうけど私には見えないので困る。
「十八歳の誕生日になったら迎えに来るんだって」
「えっ何が」
「わかんない。大聖女様には全部わかっている風だったんだけど、詳しくは教えて下さらなくて。あと悪いものが憑いているわけじゃないみたい」
「そうなんだ……」
「うん……誕生日まであと三ヶ月だし、不安は不安だけどそこでやっとハッキリするならいいかなって」
「確かにそうね」
そこで二人の間に無言が流れる。
口火を切ったのはアイシアだった。
「あのね、レミィ。聖女になると補佐を一人つけられるの。私の補佐について欲しいって言ったら受けてくれる?」
「! もちろん! アイシアの傍に居られるなんて光栄だわ!」
「今まで以上に嫌がらせが増えると思うの。それでも良いって言ってくれる?」
アイシアは不安なのだと思った。聖女となるために祈りを捧げたり質素な生活を誰よりも続けてきたけれど、その実、彼女はただの十六歳の少女なのだ。
「嫌がらせなんて子供じみたもの私が気にすると思う? アイシアの傍に居るよ」
「嬉しい、ありがとう!」
満面の笑みで礼を言ったアイシアは「大司教様とお話があるから行ってくるね」と告げ聖堂へ駆けて行った。
天気は雲一つない晴天、謁見に相応しい日となった。
大聖女様との謁見はお告げを授かる場合もあり人によって時間の長さが異なる。私は比較的いつも短めで何ごともなく終わっている。
謁見後は自由時間となるのでなにごともなく早く終われば終わるほど自由時間が増えるので私としては時間が短い方が嬉しい。今日の自由時間には何をしようかなと列の最後尾でくだらないことを考えていると列の前の方が騒がしくなった。何ごとかとひょいと前方を見ると昨日私を苛めてというかいちゃもんをつけてきた二人が泣いていた。
周囲の声を聞き取るに「聖女見習いをクビですって」「やっぱりあの人呪われているのよ」「こわいわね」ここでいうあの人はどう考えても私だ。呪われているっていうのは言いすぎだろと思いながらも心当たりがありすぎてなんとも苦渋を舐める思いだ。どうせなら仕返しは自分でしたい。
「またか……」
とポツリと呟くと前に並んだ子がびくりと肩を震わせる。
なんだあんたも私に何か思うことがあるのかと思わなくもなかったが、話しかけても怯えられるだけなので何も言わないことにした。
暫くの時間待つとようやくアイシアの番が終わったらしく、ぼんやりとした表情のアイシアが私のところまでやってきた。
「アイシア終わったの?」
「うん……」
「なんかぼーっとしてるけど大丈夫?」
「あのねレミィ」
「うん?」
アイシアが私の手を掴み、ぎゅうと力を籠める。
「私、明日から聖女だって、お告げがあったんだって」
「凄いじゃんアイシア! やっぱりアイシアが星見の聖女だったんだ!」
掴まれた手を振りほどきアイシアを抱き締める。そうするとポンポン、ポンと薔薇が咲いて周囲に満ちていく。甘い花の匂いが辺りに充満し色取り取りの薔薇が溢れていく。
「わ、わ」
薔薇に埋もれる、と言う前に周囲に人が押し寄せてくる。
「アイシア様おめでとうございます!」
「やはりアイシア様が聖女だったのですね」
「私は分かっていましたわ!」
「あ、ありがとう皆さん」
若干の上から目線の発言がある気もするがアイシア自身が何も思っていなさそうなので突っ込むのはやめにした。アイシアはあっという間に人だかりに囲まれ私はその波から弾き飛ばされてしまった。
しかし、大聖女様との謁見はまだ続いている。大聖女様がいらっしゃる部屋の扉を見れば誰も並んでいなかったのでこれ幸いと扉をノックする。そうすると中から「どうぞ」と声が返ってくるので「レミィ・パーカーです」と名前を名乗り室内に入る。
「いらっしゃい、レミィさん。さあおかけになって、温かい紅茶を淹れるわね」
「はい、ありがとうございます」
私は勧められるまま椅子に腰かけ、目の前に置かれた紅茶をじっと見つめた。
早く終われば終わるほど良いと言っておきながら、実の所私はこの大聖女様との二人きりの時間が好きだった。緩やかに流れる時間と不思議な花の香りのお香が充満した部屋は嫌なものではなかった。ここではどんなことを話しても許されるというのが分かる、そんな雰囲気があった。
大聖女様は六十を過ぎているらしいというのは噂で聞いたことがあるが本当だろうか。そんなことを感じさせないくらい美しく嫋やかだった。緩く髪を結い上げ白い礼拝服に身を包んだ姿は現役の聖女と言っても通じるだろう。
大聖女様は聖女とは違い不思議な力があると言う。目に見えないエーテル体や精霊が見えるらしいのだ。
「あの」
「はい、なにかしら」
まずはアイシアのことから相談しよう、と佇まいを正す。
「アイシアが明日から聖女になるって聞きました、私は何をしてあげられるでしょうか」
大聖女様はそうねぇと顎に指を当てて言葉を続ける。
「そのままで居るだけで良いと思うわ。今までと変わらない関係でただ傍に居てあげるだけでいいの」
「それだけでいいんでしょうか……」
「ええ、それだけでいいわ。それが彼女を救うから」
「わかりました」
傍に居るだけで良いと言うのなら嫌がってでも傍に居るようにしよう。
「あの、あと困っていることがあって」
「何かしら?」
私は自分に危害を加えた人物がことごとく罰が当たっていることを相談した。
気のせいならそれでいいのだが、何か悪いものでも憑りついているのではと。
そこまで話して大聖女様は目を丸く見開いてから大声で笑い始めた。
え、そんな変なことを言ったのか。
「あははっ、ふふふっ」
「……大聖女様?」
「あらあらごめんなさいね。ええと、そうね。悪いものが憑いてるわけではないわ。むしろあなたにとっては良いもののはずよ」
「そうなんですか……」
仕返しの場を奪っておきながら良いものとはこれ如何に。
私が納得いかないと首を捻っていると大聖女様がにこりと微笑んでから一つお告げを下さった。
「十八歳の誕生日に迎えに来るそうよ、その日に全てが変わると」
「ありがとうございます」
「他に困ったことはなかったかしら」
「はい、ありません」
「それは良かったわ。いつでもいらっしゃいね」
その言葉を合図に、ぬるくなった紅茶をぐいっと呷るとぺこりとお辞儀をする。
扉が閉まる直前に大聖女様が「苦労しますよ」と言っていたのが気になるが気にしないことにした。
「レミィ!」
「アイシア」
名を呼ばれ振り返るとアイシアが腕の中に飛び込んできた。
まあなんてかわいいのでしょうかと思わない訳がない。
「どこに行ったのかと思った」
「大聖女様との謁見だよ。アイシアが他の人に囲まれてたからさ、行ってきた」
「何かお告げはあったの?」
「うーんあった」
なあにその反応とアイシアは笑う。
「私に危害を加えるとその人に何かしらが起こるって相談したんだけどね」
「うん」
二人で歩きながら先ほどの話をする。
大聖女様には全てが見えているんだろうけど私には見えないので困る。
「十八歳の誕生日になったら迎えに来るんだって」
「えっ何が」
「わかんない。大聖女様には全部わかっている風だったんだけど、詳しくは教えて下さらなくて。あと悪いものが憑いているわけじゃないみたい」
「そうなんだ……」
「うん……誕生日まであと三ヶ月だし、不安は不安だけどそこでやっとハッキリするならいいかなって」
「確かにそうね」
そこで二人の間に無言が流れる。
口火を切ったのはアイシアだった。
「あのね、レミィ。聖女になると補佐を一人つけられるの。私の補佐について欲しいって言ったら受けてくれる?」
「! もちろん! アイシアの傍に居られるなんて光栄だわ!」
「今まで以上に嫌がらせが増えると思うの。それでも良いって言ってくれる?」
アイシアは不安なのだと思った。聖女となるために祈りを捧げたり質素な生活を誰よりも続けてきたけれど、その実、彼女はただの十六歳の少女なのだ。
「嫌がらせなんて子供じみたもの私が気にすると思う? アイシアの傍に居るよ」
「嬉しい、ありがとう!」
満面の笑みで礼を言ったアイシアは「大司教様とお話があるから行ってくるね」と告げ聖堂へ駆けて行った。