第4話
文字数 2,845文字
それから色んなことがあった。
隣国へ訪問した際にアイシアに一目ぼれした王子が結婚してくれと迫り私が止めるより早くアイシアが相手の頬を叩いたり(王子は婚約者もいる上にその婚約者の前で愚行をしたのだ)、私に花の痣が発現したおかげでいじめてくる人がいなくなったり(これは元々気にしていなかったからどうでも良かったけどアイシアは喜んでいた)、それからマナティス様が月一でやってきてお茶会をしたりとか。
思い出したらキリがないくらいの思い出が出来た。
「レミィ、おかしいところない?」
「ないよ! ばっちりかわいい!」
「あのねぇいつまで経っても私のことかわいいって言うのやめてよね、もう四十よ」
「? アイシアはいつまでたってもかわいいし美人だよ?」
「あーもーありがとう」
「どういたしまして?」
何を怒っているんだろうか。アイシアは出会った頃からずっとかわいいのに。
そう、あの小さな頃に出会った時からアイシアはかわいかった。こんな子が聖女になるんだろうなと思ったのだ。金糸のような髪に夜空を浮かべたような瞳の色、まるで星のようだと思った。
「今日で聖女の仕事ともおさらばだと思ったのに大聖女に任命されるなんてね」
「アイシアは神様に愛されてるから」
「本気で言ってる?」
ゲェと舌を出しながらアイシアがそう言うので「もちろん」と答える。
「そうじゃなきゃ二十年以上も聖女に任命してないよ」
「まあ、それは、そうだけど」
でもあれに愛されてると言われるとなんだか複雑な気持ちだわ、とアイシアは言う。
「ねえ、あれつけたい」
「今日の衣装にあわないよ?」
「どうせ服の下に隠れるから大丈夫よ」
はやく!と急かされはいはいと引き出しを開け、中に入っている木箱を取り出す。
中に入っているのはサザンクロスの花があしらわれたネックレスだ。絡まらないようにゆっくりとネックレスを取り出しアイシアの首に回しつける。
このネックレスはアイシアからネックレスを貰ったお返しに贈ったもので、ありがたいことにアイシアは節目節目の行事のたびにこのネックレスをつけてくれていた。
「これで頑張れるわ、ありがとうレミィ」
「どういたしまして。ではそろそろ参りましょうかアイシア様」
「ええ」
この敬語もいつの間にかこなれたものだ。最初の内は気恥しくて笑いあったりしたのに。
外は花の香りが充満していた。次代の聖女は百合の花の痣を首筋に発現させている。それにあやかって各家は百合の花を飾っているのだろう。
アイシアが大聖堂に到着すると扉が開かれる。その瞬間、ひときわ強く花の香が周囲に満ちていく。
大聖堂の真ん中には次代の聖女が既に待っている。
アイシアがゆっくりと歩き次代聖女の前に立つと、次代の聖女は頭を垂れる。その頭に薔薇の花を模した王冠を乗せゆっくりと話し出す。
「神よ、このものが聖女に相応しければ御印を降らせたまえ」
その声を合図にするように色とりどりの百合の花が降り始めわあ、と歓声が巻き上がる。
交代の儀式は上手く成功したらしい。アイシアと目が合ったので「良かったね」と唇だけを動かして言うとこくりと頷いてから優しく微笑んだ。
式典を終えたアイシアと私は、大聖女様の部屋に居た。
大聖女様との交代は静かに行われる。新しく繕われた大聖女の服と共に代々受け継がれている大聖女の証を受け取るのだ。この証は円形の中に目玉のような模様が入っておりコランダムの宝石が散りばめられている。
「よろしくね、アイシアさん」
「謹んでお受けいたします」
「クラリス様はこれからどうされるのですか?」
私の言葉にクラリス様がにこりと微笑んで答えてくれる、
「お迎えがくることになってるのよ」
「お迎えですか……?」
「ええ」
にこにこと嬉しそうに笑うクラリス様はとても嬉しそうでこの日を待ち望んでいたのがよく分かる。
「クラリス!」
バン! と扉が開きクラリス様の名前を呼びながら入って来たのはドレスを身に纏った少女だった。少女は赤毛をハーフアップに纏め白のドレスを身に纏っていた。その姿は神々しく、神の一人だということを肌で感じ礼の姿勢をとる。
「よいよい、自由にせよ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
少女の言葉に感謝を述べアイシアと二人立ち上がると、少女はクラリス様に抱き着いていた。
「クラリスの伴侶のジェレミーだ」
「ジェレミー様……」
伴侶とかいう言葉が飛び出してきたが神様相手なので何でもありなのだ。それをマナティス様から学んでいる私たち二人は突っ込まないようにした。
「アイシア・ハルバートです」
「レミィ・パーカーです」
「そなたたち二人の話はクラリスから聞いている、とてもよく仕事をしてくれると」
「そんな」
「恐れ多いです」
私とアイシアが謙遜するとジェレミー様がにっこりと笑った。
「さあクラリス、次代の大聖女が来たのだから約束通り天界に来てもらうぞ」
「ええ、約束でしたからね」
ジェレミー様はクラリス様に手を差し出すと、クラリス様はその手に自分の手を重ねた。
「じゃあ、またね二人とも」
光が二人を包む瞬間、クラリス様の容姿が若返っていたのに気が付いた。
しかし光は一瞬で消え失せてしまった。ジェレミー様が仰る通り天界に向かわれたのだろう。
「神様ってなんでもありなんだね」
「今更よ」
素朴な疑問を呟けば呆れたようにアイシアが呟く。
「次はレミィの番ね」
「うん……」
アイシアは淡々と言葉を紡ぐ。
「レミィが居てくれてよかった。私一人だけじゃあきっと聖女が嫌になって途中でやめちゃってたと思う」
アイシアはそう言うが、そんなことはないだろう。責任感が強く誰よりも他者のことを慮ることが出来るから。きっとマナティス様に文句を言いながら続けていただろう。
「寂しくなったり嫌になったらすぐに戻って来て良いんだからね」
「うん」
アイシアの手が受け取った大聖女の服を握り締める。
「アイシア」
「なあに」
「泣かないで」
アイシアの両頬は涙で濡れていた。
ポケットからハンカチを取り出し、その涙を拭う。この役目も今日までなのかと思うと寂しくなってしまう。
「泣くに決まってるでしょっ、わたしだけのレミィだったのに」
「そうだよね、小さな頃からそうだったもんね」
「そうよ、それなのにアイツが突然やってくるから」
突然だったのは同意だがアイツ呼びはどうかと思う。
「お手紙書くよ」
「ふふ、まるであの時みたい」
そう言われて幼少期の別れのことを思い出し、進歩がないことに気が付き笑ってしまう。
二人でひとしきり笑うとアイシアはすっきりとした表情になった。
「じゃあ、またね」
「うん」
私は一人大聖女の間から出る。
そこにはマナティス様が微笑んで待っていた。
「お待たせしました」
「うん」
マナティス様が手を差し出すので私はその手に自分の手を重ねた。
ぽろりと今更涙が零れ始め、その涙をマナティス様の指が掬う。
「すみま、せん」
「とんでもない、さあ行こうか天界へ」
「はい」
こうして私は本当の意味での星見の神の聖女になったのだ。
隣国へ訪問した際にアイシアに一目ぼれした王子が結婚してくれと迫り私が止めるより早くアイシアが相手の頬を叩いたり(王子は婚約者もいる上にその婚約者の前で愚行をしたのだ)、私に花の痣が発現したおかげでいじめてくる人がいなくなったり(これは元々気にしていなかったからどうでも良かったけどアイシアは喜んでいた)、それからマナティス様が月一でやってきてお茶会をしたりとか。
思い出したらキリがないくらいの思い出が出来た。
「レミィ、おかしいところない?」
「ないよ! ばっちりかわいい!」
「あのねぇいつまで経っても私のことかわいいって言うのやめてよね、もう四十よ」
「? アイシアはいつまでたってもかわいいし美人だよ?」
「あーもーありがとう」
「どういたしまして?」
何を怒っているんだろうか。アイシアは出会った頃からずっとかわいいのに。
そう、あの小さな頃に出会った時からアイシアはかわいかった。こんな子が聖女になるんだろうなと思ったのだ。金糸のような髪に夜空を浮かべたような瞳の色、まるで星のようだと思った。
「今日で聖女の仕事ともおさらばだと思ったのに大聖女に任命されるなんてね」
「アイシアは神様に愛されてるから」
「本気で言ってる?」
ゲェと舌を出しながらアイシアがそう言うので「もちろん」と答える。
「そうじゃなきゃ二十年以上も聖女に任命してないよ」
「まあ、それは、そうだけど」
でもあれに愛されてると言われるとなんだか複雑な気持ちだわ、とアイシアは言う。
「ねえ、あれつけたい」
「今日の衣装にあわないよ?」
「どうせ服の下に隠れるから大丈夫よ」
はやく!と急かされはいはいと引き出しを開け、中に入っている木箱を取り出す。
中に入っているのはサザンクロスの花があしらわれたネックレスだ。絡まらないようにゆっくりとネックレスを取り出しアイシアの首に回しつける。
このネックレスはアイシアからネックレスを貰ったお返しに贈ったもので、ありがたいことにアイシアは節目節目の行事のたびにこのネックレスをつけてくれていた。
「これで頑張れるわ、ありがとうレミィ」
「どういたしまして。ではそろそろ参りましょうかアイシア様」
「ええ」
この敬語もいつの間にかこなれたものだ。最初の内は気恥しくて笑いあったりしたのに。
外は花の香りが充満していた。次代の聖女は百合の花の痣を首筋に発現させている。それにあやかって各家は百合の花を飾っているのだろう。
アイシアが大聖堂に到着すると扉が開かれる。その瞬間、ひときわ強く花の香が周囲に満ちていく。
大聖堂の真ん中には次代の聖女が既に待っている。
アイシアがゆっくりと歩き次代聖女の前に立つと、次代の聖女は頭を垂れる。その頭に薔薇の花を模した王冠を乗せゆっくりと話し出す。
「神よ、このものが聖女に相応しければ御印を降らせたまえ」
その声を合図にするように色とりどりの百合の花が降り始めわあ、と歓声が巻き上がる。
交代の儀式は上手く成功したらしい。アイシアと目が合ったので「良かったね」と唇だけを動かして言うとこくりと頷いてから優しく微笑んだ。
式典を終えたアイシアと私は、大聖女様の部屋に居た。
大聖女様との交代は静かに行われる。新しく繕われた大聖女の服と共に代々受け継がれている大聖女の証を受け取るのだ。この証は円形の中に目玉のような模様が入っておりコランダムの宝石が散りばめられている。
「よろしくね、アイシアさん」
「謹んでお受けいたします」
「クラリス様はこれからどうされるのですか?」
私の言葉にクラリス様がにこりと微笑んで答えてくれる、
「お迎えがくることになってるのよ」
「お迎えですか……?」
「ええ」
にこにこと嬉しそうに笑うクラリス様はとても嬉しそうでこの日を待ち望んでいたのがよく分かる。
「クラリス!」
バン! と扉が開きクラリス様の名前を呼びながら入って来たのはドレスを身に纏った少女だった。少女は赤毛をハーフアップに纏め白のドレスを身に纏っていた。その姿は神々しく、神の一人だということを肌で感じ礼の姿勢をとる。
「よいよい、自由にせよ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
少女の言葉に感謝を述べアイシアと二人立ち上がると、少女はクラリス様に抱き着いていた。
「クラリスの伴侶のジェレミーだ」
「ジェレミー様……」
伴侶とかいう言葉が飛び出してきたが神様相手なので何でもありなのだ。それをマナティス様から学んでいる私たち二人は突っ込まないようにした。
「アイシア・ハルバートです」
「レミィ・パーカーです」
「そなたたち二人の話はクラリスから聞いている、とてもよく仕事をしてくれると」
「そんな」
「恐れ多いです」
私とアイシアが謙遜するとジェレミー様がにっこりと笑った。
「さあクラリス、次代の大聖女が来たのだから約束通り天界に来てもらうぞ」
「ええ、約束でしたからね」
ジェレミー様はクラリス様に手を差し出すと、クラリス様はその手に自分の手を重ねた。
「じゃあ、またね二人とも」
光が二人を包む瞬間、クラリス様の容姿が若返っていたのに気が付いた。
しかし光は一瞬で消え失せてしまった。ジェレミー様が仰る通り天界に向かわれたのだろう。
「神様ってなんでもありなんだね」
「今更よ」
素朴な疑問を呟けば呆れたようにアイシアが呟く。
「次はレミィの番ね」
「うん……」
アイシアは淡々と言葉を紡ぐ。
「レミィが居てくれてよかった。私一人だけじゃあきっと聖女が嫌になって途中でやめちゃってたと思う」
アイシアはそう言うが、そんなことはないだろう。責任感が強く誰よりも他者のことを慮ることが出来るから。きっとマナティス様に文句を言いながら続けていただろう。
「寂しくなったり嫌になったらすぐに戻って来て良いんだからね」
「うん」
アイシアの手が受け取った大聖女の服を握り締める。
「アイシア」
「なあに」
「泣かないで」
アイシアの両頬は涙で濡れていた。
ポケットからハンカチを取り出し、その涙を拭う。この役目も今日までなのかと思うと寂しくなってしまう。
「泣くに決まってるでしょっ、わたしだけのレミィだったのに」
「そうだよね、小さな頃からそうだったもんね」
「そうよ、それなのにアイツが突然やってくるから」
突然だったのは同意だがアイツ呼びはどうかと思う。
「お手紙書くよ」
「ふふ、まるであの時みたい」
そう言われて幼少期の別れのことを思い出し、進歩がないことに気が付き笑ってしまう。
二人でひとしきり笑うとアイシアはすっきりとした表情になった。
「じゃあ、またね」
「うん」
私は一人大聖女の間から出る。
そこにはマナティス様が微笑んで待っていた。
「お待たせしました」
「うん」
マナティス様が手を差し出すので私はその手に自分の手を重ねた。
ぽろりと今更涙が零れ始め、その涙をマナティス様の指が掬う。
「すみま、せん」
「とんでもない、さあ行こうか天界へ」
「はい」
こうして私は本当の意味での星見の神の聖女になったのだ。