第3話

文字数 1,660文字

 さあ今日の取り分だ」
 竜は顔をみわたしながら、目の前につみあげられた物資をわけ始めた。

彼らは十才をいくつも越えてはいない浮浪児達だ。
竜は波らの主領である。              
 自らの力で食物や闇物資を手に入れたのだ。

恐喝、かっぱらい、強盗、その他いろんな呼び方がある。
この時代とこの場所で生きのびていくための手段であった。
 竜のアジトであるはっ建て小屋からも焼け果てたトウキョウ市
の[新しい壁]が見えている。

  その壁は。日本人に希望を与えるものではない。日本人の心と体を。
いわゆる「本土決戦」以上に疲弊させるものだった。

  竜は「本土決戦」当時は、新潟県に疎開していた。
そこで「愛国少年団」に属していた。
赤い星をつけたソビエト連邦軍、ソ漣軍の「T34戦車」が進撃してきたのは、
昭和二十年十月三日。

 第2次世界大戦末期、ドイツでのポツダム会談で、日本の占領政策に関して、
アメリカの新人大統領トルーマン大統領は、老獪なソビエト連邦の首相
スターリンに圧倒されたのだ。
「これは日露戦争の復讐なのだ。それに、ノモンハン戦役のね」

加えて、アメリカ、ネパダでの原爆実験の失敗が、トルーマン大統領に追いうちをかけた。
しぶしぶ、トルーマンは、ソ連軍の対日本戦参戦を認めたのだ。

それは、第2次大戦、つまり大東亜戦争での日本の敗北と連合国の分割占領を意味した。
チャーチル以下イギリス軍の反対も、
アメリカ参謀本部の反対も押しきられていた。

あのグルジア人でロシア革命以前、列車強盗でもあったヨーゼフ、つまり暗号名鉄の男スターリンのずるがしこいほほえみに。

そして、日本の運命が変わった。

 北海道、東北の海岸は、ドイツと対峙していた欧州戦線からシベリア鉄道を経由して大急ぎで輸送されたソ連軍の艦隊老上陸用舟艇で埋め尽された。

少しでも多くの土地を。そして日露戦争の敵を!

 竜の兄は、すでに沖縄で特攻隊として出撃していた。
お別れに、兄はお守りを竜と恵にさずけた。

 兄は消息不明といなったが、竜と恵はそのお守りを後生大事に
にしていた。

新潟県に疎開先の校舎はふきとばされ、「T34戦車」キャタピラで、人体と建築物が混じり合い押しつぶされた。

機関銃や爆撃、大砲、嗚咽、叫び、悲鳴であたりは充満していた。
まさに地獄だ。
鮮血をニイガタの大地に流し、友達は殺されていったのだ。
竜や恵には、特特の人生観というものが形成されていった。

 竜と恵が、トウキョウ市にたどりつけたのは、僥倖と呼ぶより他はない。

やがて日本は連合軍に全面降伏した。
日本全土は廃虚と化していた。連合軍が日本という得物を得たのだ。
トウキョウ市は、アメリカ軍とソ連が分割占領を行なった。


 机の上にトカレフ挙銃が傲いてある。
「誰の獲物だ。これは」
 竜はまわりの皆を見渡しながら、尋ねた。
「俺さ」
鉄だった。鉄は使いなれたナイフをいじくりながら答えた。
皆の目が鉄に注がれる。
 以前にも、鉄はコルト45をアメリカ保安部隊からくすねてきたことがある。
鉄はこのグループの中でも、このあたり一帯でもー目おかれる存在となっている。
それは、小さな社会にさざ波を起す。つまりは、グループの長としての竜の地位を
もおびやかしていることになる。

 鉄はナイフに関して天賦の才をもつ。
それゆえ、あだ名が「ナィフの鉄」

「この地区にきた露助からとりあげたものだ」
 鉄はロシア製の苦いタバコをくゆらせながらつぶやいた。
「その挙銃と一緒に、そのカパンもいただいたのさ」
 鉄は、うす汚れた黒革のダレス型鞄を指さした。
「どうせたいしたものははいっていないと思うぜ。
米ソ定期会談に来ていた奴かもしれない」
「とにかく中をしらべてみょう。」
 仲間の一人が、カパンのキーをいじり始めた。

 突然銃声がした。

一瞬全員が身がまえる。
鉄だった。カバンのカギがふきとんでいる。
「この方が早いさ」
「この野郎、おどかしやがって、ここをどこたと思っているんだ」
 誰かがどなる。
「竜のアジトさ。遠うかね」
「俺のやり方に文句でもあるのか、鉄」
竜がなじった。

(続く
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