第1話 絶望系ユーチューバー

文字数 1,922文字

 夜の湾岸エリアのタワーマンション群は意外とひっそりとしていて、無数の光がまるで星空のようで、月の輝きとも一体化していた。
 耕太はタワーマンション最上階のベランダから、その人工の無数の星たちを見て思った。

 ……こんなはずがない。

 そして月を見上げて呟く。

「この先の世界に行けばいいんだよね」


 リビングの大きなテーブルにはパソコンが6台並んでいる。
 その全てのモニターに映るのは、『絶望系ユーチューバー・コータ』の文字と、耕太が地球儀をかじろうとしているサムネイル画像だ。     
 耕太はパソコンの前に座ると、大きくため息をつき、よしっ、と、ライブ配信のボタンをクリックしてビデオカメラを回した。
 蛇口から放出されるお湯。そのバスタブから溢れ続けるお湯。耕太はそれらにカメラを向けて喋りだした。

「お湯は基本だしっぱでーす」

 各部屋の照明はつけっぱなし。エアコンも、空気清浄機も、加湿器も除湿器も、ロボット掃除機もテレビもつけっぱなし。それらを撮りながら耕太は軽快に続けた。

「そして今日も全ての家電はつけっぱでーす」 
   
 キッチンの冷蔵庫は開けっ放しで、IHコンロでは分厚い牛肉が焼かれている。
 その肉を皿に取って耕太は続ける。

「CO2爆上げステーキでーす。おいしそーに焼き上がりましたー」

 耕太はリビングに戻り、テーブルに置いたカメラを自分とステーキに向けた。
 パソコンモニターには次々とコメントがあがっていく。
『飼料生産、輸送、排泄物などで牛肉1キロ当たりCO2は23キロも出るよねー』
『オレも牛肉たべよー』
『SDGsあきらめよーっと』
 耕太はそれらのコメントを満足げに見て、マイクに向かった。

「はい、それでは今日も始まりました! 僕たちに明日はない。明日がないから未来もない。未来がないなら今を生きろ! で、やらせて頂いてます。絶望系ユーチューバー! コータでーす!」

『パチパチパチ!』
『コータ! コータ!』
 次々とコメントがあがる。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 耕太はワインボトルを開けながら続けた。

「皆さん、お手元にお酒等はご準備いただけましたでしょうか?」

 ボトルを掲げた耕太が叫ぶ。

「絶望に! かんぱーい!」

『かんぺー!』
『絶望バンザーイ!』
 ボトルのままワインを飲んだ耕太が、素手で掴んだステーキにかぶりつく。
『ワイルドー!』
『そこはいま悪者になってるプラスチック製のフォークとか使ってよー』
 耕太はそのコメントを見ると、肉汁のついた手でティッシュの箱を開けた。

「大丈夫! これ一発で拭いちゃうぜ!」

 と、ひと箱分のティッシュで手を拭いた耕太は、そのティッシュの塊を投げ捨てた。
『でたー! 資源の超絶無駄遣い!』
『鼻かむ時もそれでお願いしまーす』
 耕太はワインを一気し、それらのコメントを満足げに見て言った。

「みんなありがとー。今日はですね、ちょっと嬉しいニュースがございます」

『ナニナニ!?』
『とうとう電気代30万越え?』
 耕太はモニターの動画ファイルを開きながら続ける。

「皆様の日々の温かいスパチャのおかげで、以前から目標としていました」

『おおー! ついに!』
『マジかー!』

「はい! ランボルギーニ ムルシエラゴを購入しました!」

 モニターにランボルギーニが爆音で走る動画が映る。

「きのう湾岸道路を爆走してきましたー!」

『キターー!』
『燃費リッター3キロー!』

「こんな若造がこんなスーパーカーに乗れるのも、皆様の絶望意識の高さのおかげです。これからも地球と人類の絶望のため、日々精進して参ります」

『みんなついてくぜー!』
『絶望神ー!』
 フォロワー300万人越えの動画チャンネルに、耕太を称賛するコメントが次々とあがっていく。
 耕太はワインボトル片手に叫んだ。

「フォー!!」


 耕太の雄叫びが薄っすらと聞こえてくるベランダで、ビビッと短い閃光が一瞬だけ走る。
 次の瞬間、緑色の光が球状で現れ、その光がパッと消えると、その場に現れた女がドサッと倒れ込んだ。
 そのまま動かない女は、光の加減で七色に発色する白い衣をまとっていて、頭にもその布を巻いていた。耳当ての様な物も、そこから繋がるサングラスの様な物も、いかにも近未来的なデザインで、細かく小さい電子文字の様なものが光っていた。
 女が突然せき込んだ。
 苦しそうに呼吸を整えて、ゆっくり起き上がる女は、サングラスを外した。
 その青白く輝く瞳で、ベランダからの景色を見て、女は言った。

「……ここが100年前の地球」

 茫然と景色を眺める女が、ふと後ろを振り返る。
 その窓のカーテンの向こうから聞こえてくる耕太の高らかな笑い声に、女は言った。
    
「……こいつか」
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