最終話 帰郷

文字数 1,440文字

 結局、俺の行動は不問になった。海外派遣で初の死者が出ただけでなく、銃と実包を持って飛びだした幹部がいたなどと知れたら、内閣総辞職ものだという政治判断を、群長がしたらしい。
 空野が死んだことはごまかせないが、アフリカの地でひとりの跳ねっ返りの行動を隠匿するなど、造作もないことなのだろう。

 そして俺は定年まで冷や飯を食わされる。もう、何も感じなかった。
 帰りのC130の中でも、ろくに話す者はいなかった。空野が死んだうえ、任務半ばで帰国するのだ。自分ひとりの無事だけを、無邪気に喜ぶ気にはなれない。
 入間基地に降りたとき、醤油の匂いがうっすらとした。日本の匂いだ。

 八月の太陽は、アフリカよりも優しい。
 空野にも、この気持ちを味わわせてやりたかった。
 航空自衛隊の大型バスで、朝霞駐屯地へと向かう。重苦しい雰囲気は変わらないが、みんなの顔には心なしか安堵が浮かんでいる。
 ふと、スマホを取り出し、SNSアプリを起動する。そして、かほりのページに書きこんだ。
 
 帰りました。

 十秒ほど見つめると、既読マークがついた。
 しばらく眺めていたが、返事が来ることはなかった。
 スマホをしまう。
 バスは、まもなく朝霞駐屯地に到着しようとしていた。

 出発するときと同じように、朝霞門から総監部庁舎まで、隊員が出迎えてくれている。心なしか、気遣わしげで空々しく見えるのは、気のせいではないだろう。
 総監部の儀仗広場で待っていたのは、派遣された隊員の家族だった。大人から子供までたくさんの人々が、わっと歓声をあげる。自衛官たちとは違って、素直に俺たちが帰ってきたのを喜んでいるようだった。

 ふくよかな妻と、央と永人の姿も見える。妻は涙をぬぐっていたが、永人はニコニコだ。央はいつものように淡々と微笑んでいる。
 空野を待つ、恋人や親父さんのことを思うと、胸が締めつけられるほどに痛い。俺が、伝えなければならない。
 バスを降りると、それぞれの家族が集まってきて、再会を喜びあっていた。

「お父さん、お帰りんごジュースのしぼりたて」

 永人が、胴にしがみついてくる。

「お帰り」

 央は抱きつくのを永人に譲っているので、片手で抱っこしてやる。ちょっと驚いた顔をしていたが、すぐに嬉しそうな顔になった。

「お疲れ様」
「ただいま」

 妻がハンカチでずっと目元を押さえている。
 家族を悲しませるような俺にはならなかった。それが、あまりに罪深い。
 空野のことを、思った。



 その後、編成改組式で陸幕長や方面総監は十分にねぎらってくれたが、出発のときにいた大臣は来なかった。当然、天皇陛下への帰朝報告もない。
 すぐに空野の実家がある千葉に行きたかったが、そんな時間もなく守山へ原隊復帰となった。
 俺には、二週間ほどの休みが与えられた。

 休みの前に、十二月での異動を打診された。俺が何をしたかは、伝わっているのだろう。
 休みの間に、千葉に行くつもりだった。
 俺は、うつろな気持ちを抱えて、雨の中をコンビニに向かっていた。

「加藤君」

 コンビニの前で、かほりが傘をさして立っていた。

「カボさん」
「……無事に帰ってきて、良かった」
「俺は、な」

 いたたまれなくて、かほりに背を向ける。

「自衛隊、辞めるの?」
「辞めねえよ」

 空野がいた場所から、逃げたくなかった。

「じゃあな」
「あ……」

 コンビニに入ろうと、自動ドアを開ける。

「色々言ったけど、私は加藤君が帰ってきて、本当に嬉しいんだからね」

 かほりの雨を踏む足音が、遠ざかっていった。〈了〉
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