第5話 合同練習会後 それぞれの努力

文字数 2,470文字

合同練習会後も県大会に向けてM市立C中学校とM大付属中学校は、まだまだ、努力を重ねます。M市立中学校合唱部は強豪武山高等学校音楽部にも招かれて、顧問のオノ先生の元気な指導を受ける話が持ち上がりました。

M市立C中学校の合唱部顧問ケイ先生はM大附属中学校との合同練習会が終わってやれやれ・・・と思う間もなく、来週末の武山高等学校訪問に思いをはせました。

顧問のオノ先生のご厚意で招かれる、武山高等学校音楽部・・・防音設備・録音設備・・・音楽関係者が、喉から手が出るほど欲しい音楽のための設備の数々を、完備している、武山高等学校の音楽部部室・・・。



音楽の授業のための教室ではありません・・・音楽部のための専用の部室です。武山高等学校における音楽部とはすなわちイコール合唱部のことです。



え、部室って、着替えたり、備品をしまったりする、せまっ苦しい、予備の物置部屋とかですか?



いえいえ、違うのです。



授業のための音楽室と同じレベルのスペースがあって、

グランドピアノが背中合わせに2台デーンと教室の真ん中にあって、

当然合唱台も指揮台もあって、通常の教室授業的なものを実施するための生徒などが着席するべき机と椅子のセットが何十人分も2台のグランドピアノをコの字に囲むように並べられていて。

放送局顔負けのデッカイ録音マイクも天井からぶら下がっていて・・・

音楽関係者なら、音楽教師なら、音楽部とか合唱部の顧問なら・・・誰もが腰を抜かしてあこがれる空間と設備!



そこへ招かれている…!!



はあ・・・。



教師生活二十有余年。こんな日が来るとは・・・。

音楽コンクール地区予選で一位になって県大会出場権を得られるのも初めてなら、音楽コンクール高校の部、県大会のみならず全国大会常連の武山高等学校のオノ先生のご指導を受ける日が来るなんて・・・。

うれしいような、こわいような・・・。



あああ・・・とにかく、落ち着かねば、合唱コンクールや演奏会など、自分の学生時代も音大時代も何度も何十回もやったじゃないか。歌い手としても、指揮者としても、何度でも。



しっかし、中学生の子供たちを率いて県大会出場とか・・・。

子供たちに平常心とか言いながら、自分が正気を失っているぞ・・・いかんいかん!しっかりせねば!



子供たちが県大会で上がらないようにするためにも、M大付属中学との合同練習会も教育委員会の先生のご臨席も、よい経験になったはず。ピアノ伴奏者中2のイズミ君のジャズなアドリブには度胸ありすぎで度胆を抜かれたが、「いつも通りにやろうね」と指示すれば、いつも通りにアドリブやるに決まっているよな。子供たちのほうがよっぽどリラックスで平常心だったってことじゃないか・・・。「コンクールだから、楽譜通りに正確に弾いてね」って、早いうちに言っておこう。



何も考えない。結果は気にしない。基本を確認する。いつも通りに練習する。

私こそ落ち着こう。





次の週末、武山高等学校合唱部顧問オノ先生のお招きの当日、M市立C中学の合唱部は顧問のケイ先生に引率されて、武山高等学校の音楽部部室を訪ねました。

ケイ先生の緊張をよそに、C中学合唱部の生徒たちは珍しい場所に行けるという、そのことだけで有頂天でした。

武山高校顧問のオノ先生は威勢よくちゃっちゃと説明しながら、きびきびと動き回りました。

「C中学の皆さん、遠いところを来てくれてありがとう。せっかくだから、早速皆さんの歌を聞かせてくださいね。それから、録音もしますよ。そして自分たちの声を聴いてみましょう。思っているのとだいぶ違う声だと思いますよ。」

はたして録音された自分たちの声は、思ったよりもせせこましく、もうちょっと迫力や深みがあるものと思い込んでいたのとはずいぶん違いました。

「もう一回歌おうね。」

オノ先生はC中学合唱部のみんなを歌わせながら、指揮台で指揮をふりながら、「そう、そう、その音っ。まるっ!にじゅうまるっ!」とか「そう、いただきっ!」とか、にっこにっこ大きな声で、明るく励ましながら、子供たちの表現を指揮の動きで引っ張りだすような感じで、エイコはこのうまく乗せられる感じ、たのしいわ・・・と思いながら、いつもよりもさらにリラックスモードで肩幅に立って、顔の見た目なんか気にせず思いっきり大きく口を動かして歌いまくりました。

そして、最後に武山高等学校の高校生のお兄さんお姉さんたちが、トレーニングウエアのままで合唱台に上がり、全身を響かせて歌ってくれました。とにかくすごかったとしか言いようがなかったのです。音量も、抑揚も。



エイコは地区予選の本番でM市の中心部のホールで歌ったこともウキウキでしたが、そこで一位入賞したことによって、本来、来ることのないはずの高校のそれも音楽部部室という、とっておきの、秘密めかした、なぞめかした、別世界に招かれるというシチュエーションを意気に感じました。



翌日ケイ先生はC中学のみんなに言いました「武山高校のお兄さんお姉さんたち、声量が大きかったね。言葉もはっきりしていて、意味が聞き取りやすかったね。だんだん県大会が近づいてくるけど、特別なことをしなくてもいいんだよ。いつも通り。気を付ける点は、大げさなくらい、口を大きめに開けること。大げさなぐらい、口の形をはっきりすること。はっきりの『は』、かくじつの『か』・・・いろいろあるよね、し・い・ん・も・ひ・と・つ・ひ・と・つ・は・っ・き・り・と・っ!ねっ!」



一方、M大学付属中学合唱部も、基本に忠実に、練習を重ねました。押しの強い「女王」ヤスコも先輩たちの声をよく聞いて合わせつつ、迫力も出すように、ルミ先輩たちも、ヤスコのフォルテシモに負けないように、力強く声を出すように練習を重ねました。

時々、一人ずつ、合唱台から降りて、観客に徹して、気づいたことをメモして話し合ったりもしました。

やっぱり、つばが飛びそうな勢いで子音をはっきりさせたほうが、言葉がはっきりして、ストレスなく意味がつかめて、逆に音楽性にひたれるということもお互いに確認しあって、自信を深めました。

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