月見バーガーの彼女

文字数 1,182文字

月見バーガーの季節になると、僕は十代の頃を思い出す。
月見バーガーに出会ったのは、十七歳ぐらいのことだろうか。マクドナルドから月見バーガーが新発売されたのと同時に、テレビCMが盛んに放送されていた。『でーたーでーたーつーきーみー』と声楽によるええ声が、今でも耳に残っている。
当時の僕は、歳が一つ下の彼女がいた。彼女はマクドナルドでアルバイトをしており、「月見バーガーって、めっちゃ美味しいで。うちが働いてる時に食べに来てよ」と誘われた事により、僕は彼女の働くマクドナルドに向かった。

店に到着すると、彼女はカウンターで接客をしていた。僕は彼女の列に並び、順番がやってくると「知人が月見バーガーって、めっちゃ美味しいでって勧めてくれたんです。食べないと人生の半分は損すると言っていたので、月見バーガーのセットと追加で月見バーガーひとつください」と言った。彼女は「その知人の方は、素晴らしい方ですね。大切にしてあげてくださいね」と笑顔で言った。僕は笑いつつ心の中で「その知人って、君のことなんやけどな。何が素晴らしい人だよ」とつぶやいた。

僕は彼女の接客が見える場所で月見バーガーを食べ、その深い味わいに舌が喜んでいることを感じていた。なんとも月に見立てた目玉焼きと濃厚なソースが抜群に相性が良く、これなら何個でも食べられると思った。僕は彼女の働く姿を眺め、その制服の下にある姿を知っているという優越感に浸りながら、その月見バーガーを食していたのだった。

その彼女とは結局半年した頃に突然「別れましょ」と言われて別れたのだが、何が原因だったのかは教えてもらえずだった。そして翌年の夏にその彼女から電話があり、話しているうちに「また付き合いましょ」と言われ、また付き合ったのだが半年程して同じように理由を告げられないまま「別れましょ」と言われ、僕の心は迷子になっていた。同じ人に二回もフラれて原因も教えてくれないのだから、たちの悪い女に出くわしてしまったなという思いだった。

その思い出から三十年以上が経過しているが、風の噂では彼女は一度結婚したものの離婚をし、現在は看護師として働いていると聞いた。それも講演をするぐらいの実力者らしく、どうやら彼女なりに人生を謳歌しているのだろうと思った。

僕は今年も月見バーガーを買ってきた。その月見バーガーを食べながら、あの頃を思い出していた。この深い味わいのソースのように濃厚な恋愛を彼女としていたら、どうなっていたのだろうなと。そもそも濃厚な恋愛や大恋愛というものを経験したことがないので、いまいちピンとは来なかったが……。

月見バーガーを食べ終え、思い出にも蓋をした。来年、また月見バーガーを食べる機会があれば、また彼女のことを思い出すのだろう。また会いたいとは思わないが、月見バーガーを勧めてくれた事に対しては感謝をしている。お幸せに。
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