第4話

文字数 2,002文字

 それから二人の交際がスタートし、デートが続いた。
 遅咲きの青春を謳歌し、退屈な販売員の仕事にも、自然と熱が入り出した。それまでは福子の行列を羨ましそうに横目で見ながら、ふて腐れるようにサポートしていたが、それも余裕でこなせるようになった。たまに来る自分の客にも、これまで以上に丁寧に応対するように心がける。そんな蓮江の変貌ぶりに、寿福子は目ざとく指摘を入れ、観念するかのように新島との交際を白状させられた。
 すると、福子は「おめでとう」と拍手をして「応援するわよ」と握手を交わした。

 何度目かのデートの時に、蓮江は思い切って例の疑問を再びぶつけてみた。なぜ福子ではなく私のブースから買うのか、なぜ一枚ずつなのかを。
 すると新島は顔を真っ赤にしながらビールを傾けると、それは蓮江に一目惚れをし、気を引くために、わざと一枚ずつ購入していたと語った。全身が火照り出し、目の前が揺れるのを感じた。まさか自分に一目惚れをしていたとは!
 店を出た二人は、路地裏で初めての口づけを交わすと、そのまま夜の街へと姿を消した……。
  
 ある日、喪服を着た一人の青年が蓮江の窓口に立った。始めはどっちに並ぼうか悩んでいる様子だったが、Aサイドにしなかったのは、おそらく時間がないものと思われる。さっきから腕時計をちらちら見ては、やたらと時間を気にしている様子。喪服姿なのだから、葬式か法事の帰りに違いない。彼は連番の十枚セットを購入すると、再び腕時計を見ながら、早々に立ち去って行った。
 
 交際を始めてから五ヶ月目の事だった。
 宝くじの当選番号の発表があり、蓮江の販売店から二等が出ていたことが判明した。賞金は三千万円。
 マネージャーから、隣町の販売店からは一等の三億円が出たとの情報が入ったが、それでも蓮江の店には、すぐさま『ジャンボくじ。当店から二等賞が出ました』と大きな看板か掲げられ、福子のカウンターはいつにもまして大繁盛だった。
 蓮江の販売した中から当選が出た可能性もあった。だが、販売枚数からいって、間違いなく福子の担当するAサイドから出た事は誰の目から見てもほぼ明らかだ。
 それでも蓮江は新島に売ったくじから二等が出た事を祈りつつ、その日の仕事を終えた。

 ところがである。
 その日を境に、新島からの連絡が途絶えた。いくらメールをしても返事が来ず、電話を掛けても一向に繋がらない。木曜日になれば、またクジを買いに来てくれると期待したが、やはり姿を見せずじまいだった。
 たまたま仕事が立て込み、連絡が遅れているのだろうと、思い込もうとしたが、悩めば悩むほど、想いは募る一方だった。

 それから二週間が経ち、蓮江は休みに合わせるように、意を決して新島の経営するという雑貨店に行ってみることにした。大体の住所は聞いてあったので、場所は直ぐに分かった。市役所から大通りを南へ歩いて約十分。駄菓子屋と文房具店の狭間に、彼の店があるはずだった。
 しかし、そこに雑貨屋は無く、月極駐車場が広がっている。不安になった蓮江は、隣の駄菓子屋のおばさんに尋ねてみたが、「そんな店は知らない」との答えだった。
 念のために反対側の文房具店にも行ってみたが、やはり同じ答えが返って来た。
 途方に暮れ、自分が騙されていたことを思い知る。悔し涙を流し、トボトボと家に帰り着くと、途中のコンビニで買ったワインをがぶ飲みし、布団の中で一晩中、枕を濡らした。
 蓮江は涙ながらに疑問を浮かべる。
 なぜ彼はそんなことをしたのだろう。嘘をついてまで交際をしていたのには、何か理由があったはずだ。

 翌朝、幾分冷静になった蓮江は、軋む頭を抑えながら、冷蔵庫の中の牛乳をグラスに注ぐ。
 もしかして、新島は二等賞を当てたのか。そのために自分に近づいたのだろうか――。
 だがすぐに頭を振る。いくら販売員とはいえ、蓮江自身にも、どのくじが当たるかなんて予想できるわけがない。その事は彼自身、百も承知だったはずだし、実際に聞かれたこともない。だったらなぜ?
 考えたくもないが、体が目的だったのだろうか。
 しかし鏡の前に立つまでもなく、自分が十人並みの没個性的な顔立ちであることを、とうに自覚していた。どうせなら寿福子の方が十歳も若いしルックスも良い。スタイルだってモデル並みだ。認めたくはないが、彼女にかなう部分はガーデニングの知識と人生経験ぐらいだった。

 転がった毛糸が自然と絡み合うように、鬱蒼とした気持ちのまま、蓮江は販売店に出勤した。異変に一目で気づいた福子は、心配そうに声を掛けてきた。
 急に涙がこみ上げ、自分が騙されていたことを洗いざらいぶちまけると、彼女はそっと肩を抱き、そんな顔をお客には見せられない、今日は一人で大丈夫だからと帰宅を促した。十歳も年下の彼女に慰められ、惨めな気持ちになったが、好意に甘えることにして礼を告げると、重い足取りで店を後にした。
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