マメな男

文字数 1,621文字

「哀愁だけじゃあいけないよ。マメであることも意識したまえ」
「ふんふん、それは聞いたことがあるぜ。ちょくちょく連絡したりして気にかけてやると女性は嬉しいらしいな」
 僕の解釈はどういうわけかトメ吉の侮蔑を買ったらしく鼻で笑われた。

「そっちのマメではない。鳩が豆鉄砲を食らったのマメだよ」
 よくわからないので黙っていた。

「君塚杏菜は知ってるかい」とトメ吉は同じクラスの超絶美少女の名を挙げた。なんでもスラブ系の血が四分の一入っているそうだ。
「そりゃ知ってるさ、同じクラスじゃないか。あの子からも告白されたのかい」
「そうさ。それで例によって僕のどこがよかったか聞いたのさ。なんでも球技大会のことらしいが、僕は野球に出ただろう」
「そうだったかな」
「そうさ、三塁を守ったよ。その時にな、相手チームの打ったゴロの強打が僕の手前でイレギュラーに跳ねて股間を直撃したんだ。ありゃ痛かったなあ。それで、直撃した時の顔が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてたらしいんだね。君塚は他の女子たちと一緒に応援に来てくれてたそうだが、その時の僕の顔を見て胸が締め付けられるような激しい恋に落ちたと言っていたぜ。おや信じてないな」

 馬鹿なこと言うなあと思っていたら顔に出てしまったようだ。トメ吉は告白された時のLINEのやり取りを見せてくれた。相手は確かに君塚さんである。「とめきちくんのポコチンにボールが当たったとき鳩が豆鉄砲食らったような顔したでしょ」まず君塚さんが男性器を表す言葉にポコチンを採択しているという事実にいささかの困惑とかすかな興奮を覚えたが、とにかく先を読み進めた。「ああいうときにああいう顔できる人って本物の九州男児だなっていう感じがして大好きになった」不可解な論理展開で締められている。そもそも九州男児が恋の決め手とはどういうことだろう。我々は横浜市民ではなかったか。綺麗な顔して地理に弱いのか。だが鳩が豆鉄砲を食らったような顔に君塚さんが魅了されたという事実は事実として受け入れねばならない。

「どんな顔だったんだい、具体的には」
「こうさ」
 トメ吉はいわゆる鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして見せた。両の眉を額に皺ができるほど釣り上げながら目を見開き、「お」を発音するように口をすぼめている。

「それが鳩が豆鉄砲をくらったような顔なのかい。なんだか両親の帳裡の痴夢を覗いてしまった男子中学生といった按配だぜ」
「物の見え方なんて人それぞれさ。君塚にはそう見えたのならそうなのさ」トメ吉は金魚の絵が描かれた団扇を鷹揚に動かして顔を仰いでいる。

「君もやってみたまえ」
 トメ吉の表情を真似て僕も鳩の豆鉄砲面をやってみた。
「や、いいじゃないか。チュパカブラみたいだぜ」
「チュパカブラたなんだい」
「なんでもアメリカの妖怪みたいなもんだろう」
「いつすりゃいいんだい、こんな顔」
「なに、まるごとバナナが食い終わったあとにでもすればいいさ。あれ、もうないや、って感じで」

 僕はまるごとバナナの最後の一口を頬張るとトメ吉の提案通りに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして自分の手を見つめた。指先についた生クリームを舐め、ビニールから新しいまるごとバナナを取り出してまた食べ始めた。真夏の炎天下がバナナを芯までぬるくしていた。二本目を食べ終えて鳩豆顔をやり、三本目を袋から出したところで、一つ向こうのベンチで女子中学生たちがこちらを見て何やらひそひそ言っているのが聞こえてきた。僕の醸す哀愁とマメに当てられて惚れてしまったのではあるまいかと思って耳をそばだててみた。

「あ、またまるごとバナナ食べてるよ」
「どんだけ好きなの」
「食べ終わったあとの顔なんなの」
 僕は思わずきっとなってくすくす笑っている中学生たちに鋭い目を向けた。
「あ、こっち見た」
「こわ」
「もう行こ」

 女子中学生たちはベンチを立つと早足で公園を去って行った。あの年頃には男の哀愁とマメを理解するのはまだ早すぎたようだ。
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