三島トメ吉

文字数 1,881文字

 クラスメイトに三島トメ吉という男がいる。

「三島トメ吉です。登るに米と書いてとめきちです!」

 入学式後のオリエンテーションで、やけに威勢のいい声で自己紹介していたのが印象に残っている。どこかで見た顔だと思って記憶をたどると、中二の頃に観光した上野公園の西郷どんに似ているのだと気づいた。トメ吉は頭を坊主に丸めているが、髪質が固く毛の量も多いので、少し伸びるとヘルメットでもかぶっているように見える。一般の審美的観点から見て奇妙な頭に見えるのだろう、すれ違う人がその頭に視線を向けては「あれはちょっとね」という風にくすくすする。髪が伸びるのが早く、散髪して一週間もするとそのヘルメットヘアーになるが、本人は意に介した様子もなくお澄まし顔で口笛なんか吹いているのだ。小さいことは気にせず豪放磊落に笑い飛ばし、クラスの男子たちからトメちゃんトメちゃんと慕われていた。

 トメ吉は桂小五郎と薩長同盟結んで国家転覆でも企んでそうな容姿にもかかわらず女子から異様にもてた。高校に入学してから夏休みに入るまでの四ヶ月で噂だけでも十人くらいからは告白されており、しかも上がる名前が先輩たちや他校にまで名前が知られているような可愛い女の子ばかりなのだ。男子生徒の羨望を浴びながらもトメ吉はかたくなに彼女を作ろうとしなない。なぜそれだけもてて誰とも付き合わないのかとクラスの男子に聞かれても「いや、なに」と照れ笑いを浮かべるだけで要領を得なかった。そのトメ吉が今、僕の眼の前で椅子の上にあぐらを掻き、難しい顔をして腕を組みながら固く目をつぶっている。

 夏休みに入って四日目、毎日毎日朝昼夕晩とクラスグループ経由で森野さんのアカウントにお邪魔してLINEをしようと試みるが断念、そうこうしているうちにもしかしたら他の男に誘われて花火大会に行っちゃうのかもしれない、彼女の浴衣姿が僕じゃないほかの誰かに見られてしまうのは耐えられない、と吹き出る不安、強迫観念を抑えきれず、頭を掻きむしるばかりで他のことが一切何も手につかなくなって、僕は恥を偲んでトメ吉にどうすれば女の子にもてるのかを教示していただくべく、彼の部屋にお邪魔したのだった。もてる男になってここはひとつ森野さんを僕に夢中にさせ、一緒に花火大会に行ってやろう、これが僕の夏休みの目標だ。相談したいことがあるから遊びに行ってもいいかとLINEすると「すぐに来てよろしい」と返信がきたので僕は二キロの道のりをチャリですっとばした。

 学習机の上に食いかけのガパオライスが置いてある。トメ吉が昼飯に食べていたものらしい。ガパオライスの横にはブックオフの百十円シールがついた美少女戦士セーラームーンの単行本が積んである。それ読むのかいと訊いたら、うん、と一言だけ答えた。床には学生服が脱ぎ散らかされていて、どうやら終業式の日からそのまんまのようだ。部屋に冷房はなく、風が入るよう窓が開け放たれ、外で鳴いている油蝉の声がいやに大きい。古い扇風機が首を振り、気休め程度のゆるい風を吹かせている。窓際には大きな水槽が置かれ、ザリガニが三匹飼われていた。

 森野さんに関するあれこれの悩みを僕は吐露し、顔を真っ赤っかにしながら、どうしたらもてる男になれるか教えてくれ、と頭を下げた。矜持もくそもないほど森野さんを誰かにとられたくなかったのだ。

 僕はハンカチで首の汗を拭った。僕が悩みをすべて吐き出したあとも、トメ吉は目をつむり、椅子の上にあぐらをかき、腕を組んで黙ったままで、蝉の声だけが五月蝿かった。視界のすみで水槽のザリガニがのそのそ蠢いている。部屋着なのか、トメ吉はサイズの合っていないぴちぴちの短パンを穿いていた。ふと見るとそこから金玉がはみ出している。

「むっ」と短く唸ってトメ吉が目を見開いた。
「すまん、寝てた」
 なんだか相談する相手を間違えたような気がしてきた。

「だが安心したまえ、僕は睡眠学習を心得ていてね。寝ながらでもちゃんと人の話を聞くことができるのさ」
 待て待てというような手振りをしてトメ吉は言った。

「えーと、それであれだな、飯野。きみは近所の煙草屋でいつも店番している婆さんがミイラかどうか確かめたいと。そういうわけだな」
 僕はもう一度最初から説明した。今度はトメ吉はちゃんと目を開いて相槌を打ちながら聞いている。
「うーん、森野絵理か」と、またトメ吉は目をつむって険しい顔で考え込んだ。しばらく微動だにせずその姿勢だったので、こいつまた寝てんじゃないだろうなと疑心暗鬼になりだした頃、トメ吉はぼそりと呟いた。
「誰だっけ……」
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