1か月ほど前

文字数 752文字

 瑛太が病院の診察室で係り付けの医師を待っていると、お世話になっている看護師が入ってきた。
「効果出てる?」
「まったく」
 瑛太は肩をすくめ苦笑いした。
「日記も写真もボイスレコーダーも効果なしです。1度忘れた部分は、見ても聞いても何も感じません。本当なのかも疑わしいくらいです。想い出って、自分の中に欠片(かけら)が残ってないと、どれだけ形があっても想い出じゃないんだなって……。記録は記録でしかないので、そこに時間を使うのはもうやめます」
 看護師に自傷ぎみに笑いかけると医師が入ってきた。
「すまないね、お待たせした。脳内の腫瘍が少し大きくなったようだね。記憶が留まる期間が1ヶ月ほどに縮まったのは、その影響だろう。今はまだ遠隔記憶で部分的な事だが、今後はもっと範囲や期間に障害がでるだろう。命にだって関わる」
 医師は瑛太の両膝に手を置いて力を込めた。
「手術したらどうだ。命を削る事はないだろう」
 通院を初めて1年。徐々に影響が出始めて、手術は半年間断り続けている。
「でも脳も少し取り除くんですよね。記憶障害が止まる保証もない。これ以上記憶を奪われたら死んだも同然です。だったら、せめて1ヶ月だけでも想い出を持っていたいんです」
「うーん、無理強いは出来んがね。優秀な脳外科医がいるから。少しでも異変を感じたらすぐに来なさい」

 瑛太は病院を出て食事を済ませると、今月は何をしようかと思いながら散歩をしていた。
 風格のあるレンガ造りの壁沿いを歩いていると、目の前に現れた1人の女子高生に目が釘付けになった。髪を風に煽られながら、友達と楽しそうに笑う姿に、一瞬でハートを射抜かれていた。
 20歳を過ぎて、こんな高校生のようなトキメイを感じたのは初めてだった。話がしたい。でもだったらいっそ。
 瑛太は迷わずその子に告白をした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み