一日だけの二人

文字数 1,043文字

 話す言葉さえ白くなりそうな2月の休日。
「やっぱり恥ずかしいな」
 詩織は鏡の自分の眺めていた。背伸びをして買ってもらったスキニーパンツは、今更ながら足のラインが目立った。小さなヒップラインもくっきりだ。
 もう迷っている暇はない。ニットのセーターにダッフルコートを着て、髪の上からマフラーを巻くと、待ち合わせの場所へと急いだ。今では1秒でも早く、1分でも長く、一緒にいたかった。
 今日は心亜の協力を得て、両親への対策に万全を期していた。そして迎えた、夜まで一緒に居られる初めての日。そして恋人として最後の日だ。

 場所はいつものように詩織が選んだ。東京なのに東京じゃないシーランド。アトラクションの他にも、レトロなアメリカや南ヨーロッパの港町をモチーフにした街並みが楽しめる。ちょっと大人な雰囲気に憧れていた海沿いのテーマパークだった。
「本当にいいの?」
「いいの、いいの。アトラクションより、瑛太と外国を散歩したかったの!」
 パーク内に運河が流れ、様々な橋がかかった風景は、別世界のようにロマンチックだった。自然とテンションも上がり、恥ずかしかった腕組みも全然平気だった。

――今日は思い切り楽しむんだ。瑛太の為にも。

「あれ乗りたい!」
 偶然を装って、狙っていたアトラクションに2人並んで乗り込んだ。

『ヴェネツィアン・ゴンドラ』
 パーク内の運河を、ゴンドリエが漕ぐ船で巡る旅。瑛太が行くヴェネツィアを2人で巡る旅。
 橋をくぐる時、ゴンドリエに促され、パークを行き交う人に「チャオ!」と挨拶をすると、パークの人々から「チャオ!」と返ってくる。こんなコミュニケーションもゴンドラならではだった。
 フィレンツェに実在する橋をモデルにしたという、シーランドで一番大きな橋が見えてくると、頬に冷たい物が当たった。
「わあー」
 人々が次々に空を見上げる。

――雪だ。

 掌に乗った小さな雪を瑛太と一緒に見つめる。水分が少なく消えるまでにしばらくかかった。少し積もりそうだねと言う瑛太に詩織は語りかけた。
「フィレンツェは、よく雪が降るんだって。でも積もることはないらしいから、珍しい景色が見られそうだね」
「そうなんだ。調べたの?」
「え……好きな人が行く場所だから……」
 初めて口にする

という言葉に、小声になってしまう。
「ん? なに?」
「ううん。心亜が言ってたんだよ」
 慌てて心亜から聞いた事にした。
「ココア?」
「友達の……」
「ああ!ココアさんね」
 違和感を感じながらも自分の計画を実行に移すタイミングだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み