第6話

文字数 861文字

数か月前のことだ。久しぶりに用事があって、車で都心に向かった。その途中、懐かしい場所を通りかかった。

交差点で信号を待っていると、かつてママのお店があった場所が目に入った。道路の拡張工事が進み、お店は跡形もなく、広々とした一本道が視界に広がっていた。以前は混雑を極めた交差点が、今では驚くほど静かで、当時の喧騒が遠い記憶のように感じられた。あの頃の賑やかさは消え、何か大切なものが失われた後の余韻が胸に残った。

そんなふうにぼんやりと周囲を見渡していると、今の生活が遠くに感じられ、過去の思い出が鮮明に蘇ってきた。私たち四人はそれぞれの道を歩み、転職、結婚、海外へと飛び立ち、もう何年も連絡を取り合っていない。それでも、共有した思い出が今も心に残っていることを知っていた。

信号が変わるなり、後ろの車がクラクションを鳴らした。すると、娘が声をあげた。「ママ、信号が変わったよ」と、私の顔を見つめている。

まるでタイムスリップでもしたかのような感覚に襲われていた私は、はっと我に返った。前を見て、アクセルを踏み、ハンドルを握りなおした。

「ねえ、ママ」

「ん?」

「化粧品、買ってくれる?」

「え、まだ早いよ」

娘は不満そうにため息をつき、「だって私だけ持ってないんだよ。薫だって持ってるのに」と言った。

「そうか、じゃあこれが終わったら買いに行こうか?」

「本当に?」

「うん」

時計を確認し、バックミラーを見ると、あの頃の彼らが私たちを見送っているように感じた。私が今歩む道は、きっと再び彼らに出会える場所へと続いているはずだ。自分にそう言い聞かせながら、目の前に広がる風景を見つめた。

なぜなら、私が行く道は最後には彼らに繋がっているからだ。いや、正確には彼らが道そのものなのかもしれない。

娘がにやにやしながら私を見ていた。

「ねえ、ママ」

「ん?」

「どう?最近、キレイになった?」

「誰が?私?」

「ママじゃないよ。ママは元から綺麗だもん。私よ、私。キレイになった?」と娘が微笑んだので、思わず私も笑ってしまった。


                終わり

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