第5話

文字数 996文字

ある日、ママの店で、看板の明かりが消えると、京香が苦しげな表情で重い口を開いた。彼女は、この1年間、妻子ある男性と関係を持っていたことを告白したのだ。その衝撃的な告白に、誰もが驚きを隠せなかった。

京香は目を伏せながら、つぶやくように話を続けた。彼女の言葉には、明らかに心の葛藤が映っていた。彼との関係が始まった当初は、自分の気持ちに従って自由に楽しんでいたが、次第にその関係が持つリスクや罪悪感に直面するようになったのだ。

店内には重苦さが漂い始めた。京香が打ち明けたその告白の裏には、心の中で交錯する感情が隠されていた。彼女はその目に涙をためながら、「彼のことが好きだけど、これが私の望んでいた人生なのかどうかわからないの。自分がどうすればいいのか、迷っているの」と続けた。

知美が私に視線を送った。

みんなのまとめ役である珠江が、京香の顔を見つめながら「やっぱり、別れるべきじゃない?」と静かに言った。彼女の意見は常に正統であり、私は彼女の判断に信頼を寄せていた。

「でも、京香はその人のことが本当に好きなんでしょう?」と、知美が少しおどけた口調で言った。

私は京香を横目で見つつ、「その人のどこがそんなに魅力的なの?不倫するほどの価値があるの?」と問いただした。

「初恋の人に似ているの」と京香が静かに答える。「彼と過ごす時間は、私にとって本当に特別だった。でも、彼の存在が私をこんなにも苦しめるなんて…どうしても自分の心を整理できないの」

するとママが、「その気持ち、よくわかるわ。私も今でも初恋の人が忘れられないもの。やっぱり最初に好きになった人は特別よね」と言った。

京香の目には、彼への思いが張り詰めた情熱として映っていた。「彼がね、パリに旅行に行こうって言ってるの」と一息おいて京香は言った。「彼パリで留学していたし、ちゃんとした学校も卒業してるの。しかも自分の会社も経営しているの」と、彼女の話題はその男のことばかりだった。

珠江が我慢できなくなったように、「もういい加減にして、京香!」と鋭い口調で言い放った。店内の空気が一層張り詰め、京香は髪をかきあげながらタバコに火をつけた。言葉を慎重に選びながら話を続けたが、珠江の厳しい視線は彼女を見つめ続けた。私と知美は、困惑の表情を隠せなかった。

ママは重々しい声で「若いって、いいわね」と言いながら、お酒を作り直し、私たちを静かに見つめていた。

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