第4話

文字数 1,685文字

 ドアのカギを回し玄関のドアを開くと自動的に照明がついた。そして新築住宅独特の匂いがした。化学的な匂い。それでも俺にとっては、かぐわしい匂いだった。
 
 ここは市外から徒歩十分ほどにある住宅分譲地の一角に建っている。その中でもひときわ目立つ二階建てのおしゃれな家が俺の住処。これが自分の誇りだった。一年前、奮発していいのを買ったからローンは、まだ三十年残っている。俺はまだ、これから頑張らなければならい。

 しかし、帰宅すると、いつもなら顔を出す未沙が出てこなかった。家の中はしんと静まり返り心なしか冷えた感じがする。どうやら二人の子供たちは寝てしまっている様子である。

 妻の名前を呼びながら中に入るが反応はない。

 俺は軽装に着替えるため、まずは書斎へ。そこで濡れた作業服を脱ぎ捨てて、スウェット姿になってからキッチンに向かった。
 台所に向かう廊下に差し掛かると自動的に明かりがついた。そして、その真ん中あたりに目はくぎ付けになった。そこにドス黒い血の色が染みついている。恐る恐る近寄り、しゃがんで触ってみたら凝固していたが、色からして比較的最近の物のように思えた。
(これは、いったい!)
 家族の誰かが怪我でもしたのかと、心配になった俺はキッチンまで小走りに駆けて行った。

 未沙はキッチンのテーブルで、かなり酔っていた。
 テーブルの上にはワインの空ボトルが数本綺麗に整列されており、妻は椅子に座りこみ半分ほどになった白ワインのボトルをグラスに注いでいた。彼女がこんなに酔った姿を見るのは結婚以来初めてである。彼女はビール一本呑むのがせいぜいで、ワインなど強すぎると言って口にしなかったはずなのだが。
 未沙は、
「ああ、帰ったの。ごめん、出なくて」
 そして、
「飲んでて、気づかなったの」と、どよんとした目で言った。
 俺はせかすように聞いた。
「それより、床に血のシミがあったが」
「ああ、あれは大したことなかったの」
「いったい誰なんだ?」
「さくらよ」
 さくらは現在、小二の娘である。俺には世界一大切な宝物のような子。その子が怪我をした話に俺は動揺を隠せなかった。
「最悪だ……」
 と無念の気持ちを込め言った。
「さくらがね、学校から帰ってきて廊下を歩いてたら、あの男が急に現れて、びっくりした、さくらが後ろに倒れたの。そのはずみに後頭部を打って」
「で、さくらは?」
「ちょうど買い物帰りの私が見つけて、すぐに救急車を呼んだんだけど、血は出たけど軽傷よ。MRIの検査でも異常なし」
「よかった。本当によかった」
 もし、さくらの脳に損傷があれば俺は気が狂っているかもしれなかった。
「それでも、やっぱり心配なの、子供たち。私も外出することが多いから二十四時間付き添うわけにもいかないし。またあの男が現れたら、今度こそ大変なことになりそうな気がして。それで子供たち実家に預けてるのよ」
 俺には楓太と言う長男もいる。二人を実家に預けたのはいい判断だったと思う。
「しかし、君は実家に避難しないのか」
「私が、あなたの留守中、この家を守るのよ!」
 と言いながら未沙はワインをすべてグラスに注ぎこんだ。
「怖くないのか?」
と俺が聞くと、未沙はワイングラスを持ち上げて、
「私は、これさえあれば無敵!」
 とグラスの中の液体を一気に口に流し込んだ。
「おい、無茶するなよ。強くないくせに」
 俺は未沙からグラスを取り上げようとしたが、未沙はその腕を払いのけて言い返してきた。
「何すんの!私にはこれが必要なの」
 そして、
「これがないと正気を保てないのよ」
 と、急に泣きじゃくり始めた。俺は慰めようと妻の横に腰かける。彼女は俺に抱きついてきて嗚咽を漏らしながら言った。
「あなたがいない間、怖かった。あなたそっくりの奴が、しょっちゅう現れては私たちを驚かすのよ。あなたのお仕事が忙しいのは分かってるから、足手まといになりたくなくて、一人で何とかしようとしたんだけど、どうにもならなくて」
 その言葉の中の「俺とそっくり」に驚愕して言った。
「そっくりなのか、そいつ」
 未沙は頷く。
 なんてこった。生霊の正体が、俺かもしれない?
 
 
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