第6話

文字数 1,379文字

  翌朝、朝礼が終わると俺は主任の後を追いかけ「お話が」と言った。
  主任は頷き、俺は主任の部屋に通された。俺は昨晩書いておいた「解任届」を主任に差し出した。主任は戸惑いを隠せない様子で、俺が書いた書類を見て、大きなため息をついた。
「君には期待してたんだが、よっぽどの事情があってのことだね」
 と主任は眼鏡をずらし俺を見た。
「はい。昨晩考えた末の結論です」
「君には、近々、主任になってもらう考えでいたんだが」
「いえ。私は平社員に戻りたいんです」
「何か複雑な事情でもありそうだな」
「それが……」
 と俺は今までの奇妙ないきさつを主任に語って聞かせた。この頑固そうな親父に突拍子もない話が通用するとも思えないが、真実なのだから。
 すべて話し終わると、主任は腕組みをして言った。
「心霊には無知だが。うーん。世の中には不思議なことがあるんだね」
 と感慨深げである。
「家族を第一に考えたいと思いまして」
 と俺が言うと主任は頷き、
「こんな事は異例ではあるにせよ。君の家族を思う気持ちには私も賛同だ」
 そして、チラッと笑みを浮かべ、
「実は私も、君と同じ家庭派でね」
 と言って主任は「解任届」を受理してくれた。
 まさか、こんなにすんなりいくとは思いもよらず、俺は、しばらくポカンとしていたが、そのうち思い出したように頭を深々と下げて、
「ありがとうございます」
 と部屋を出た。
 主任の粋な計らいに俺は感謝感激。素直に打ち明けて本当に良かったと思った。

 何日か経つと、俺はラインに欠けていた例の充填のポジションに配属が決まった。そして働くのは昼の常勤のみ。これも主任の粋な計らいだった。

 最初は周りも俺を奇異な目で見ていたが、そのうち慣れたのか、また昔のように一徹と呼んで仲間内に入れてもらえるようになった。

 単調な日々は過ぎ、我が家も平和を取り戻していた。霊体も姿を現さなくなり、子供たちも晴れて我が家に戻った。

 毎日、八時まで出社して夕方4時に帰る。連日その繰り返しであるが、毎日が、つつがなく送れることだけで感謝一杯であった。

 定時に帰るようになると、タイムカード置き場で芹澤さんとよく顔を合わすようになった。タイムカードは工場の入り口付近に置いてある。最初はあいさつ程度だったが、頻繁に顔を合わせているうちに、ある日、呑みに誘われた。今や俺も芹澤さんと同じ道を歩いている。居酒屋では、きっと楽しい話題で盛り上がるに違いない。
 俺はとりあえず未沙にLINEしてみた。
「たまにはいいよ」
 との未沙からの返信。 
 しかし俺は、今日も家族と食事を楽しみたかった。その方がいい。
 俺はスマホのキーボードを叩いた。
「やっぱりやめとく」
「何で?」と未沙。
「みんなで食べたいんだ。いつも通り帰る」
「じゃあ。おいしいごちそう用意して待ってるね」
 とLINEが切れた。
 芹澤さんには子供が病気でと言って誤魔化しておいた。
 彼は別段気にもしていない様子で「また機会があれば」と手を振り出入り口に向かった。
 なんだか芹澤さんに悪いことをしたような気がして、しばらくその後ろ姿を追っていたら、時間が気になりスマホの時計を確かめた。いつもの電車に間に合うギリギリのラインである。
 こうしてはいられない。
 早く家に帰ろう。家族が待っているから。
 俺も芹澤さんの後を追うように足早に歩きだした。

 



 


 



 
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