第5話

文字数 1,160文字

 未沙の気持ちが落ち着くまで、俺はしばらく待った。
 ようやく気分が落ち着いたのか。未沙はまた、ワインを飲み始めた。
 今度は止めはしなかった。好きに飲めばいい。
 俺は静かに話し始めた。
「で、そいつは本当に俺そっくりなのか?」
「うん。証拠を見せる」
 と言い、未沙はスマホの写真を開いた。
 その写真は洋服ダンスが開いて裏側にある鏡を撮ったもの。そこにはっきり映っていた。間違いなく俺の顔である。
「間違いない」
 なんで俺が家族を襲う。
 仕事に打ち込んだいるのも家族のため。
 この家も家族のために奮発した。
 子供の将来を考え教育ローンも組んでいる。
 あまりにも理不尽だった。
「私ね。この幽霊騒動、あなたの恨みじゃない気がするの」
 俺は未沙の意外な言葉に「えっ!?」と聞き返した。
「実は、ネットで調べてみると生霊は恨みだけではなく、強い念があれば飛んでくるって」
「そうか。それで?」
「あなたに強い念があるから魂のかけらが家に飛んでくるのよ」
「強い念とは?」
「あなたが、しばらく帰らないうちに、帰りたいって念が強くなって、どうしても来てしまうのよ、魂が家族を心配してね」
 俺は毎晩、狭い宿直室で家族のことを思い浮かべ寝ていた。もしかしたら、その思いが強すぎたのが原因かもしれなかった。
「自分なりに考えた解決策は一つだけあるけど無理っぽいし……」
「言ってみろよ」
「あなたが毎日、家に帰ること」
「それだけか」
「ええ」
 俺は、しばし考えた。それなら俺には平社員に戻る道しかない。班長の仕事は厳しく家に早々帰れないのである。また、現在の欠員の件があり長引きそうだった。平社員か……そうなれば今までの苦労が水の泡である。しかし、それは家庭を豊かにするためにしたこと。今はまず、家族を守ることを優先すべきである。導き出された結論は一つしかない。
「じゃあそうしよう」
 俺の言葉に未沙は戸惑ったように返した。
「そんなに簡単に決めていいの?」
「いいさ。平社員に戻って。昔みたいに夕方六時に帰宅だ」
「あなた、二十年かけて築いた地位を失うのよ」
「それが?」
「惜しくないの?」
「家族のためなら」
「でも、現実問題お給料が下がれば家のローンとか、生活費が払えるかしら」
「そんなこと言ってる事態か?家族が崩壊寸前なんだぞ!」
「そうよね」
 そして未沙は少し考えてから言った。
「私、パートに出る」
「いいのか?」
「私、案外、仕事好きなんだ」
「そうか。じゃあ頼む。二人分なら、何とか賄えそうだ」
 この案が正直、成功するかは分からない。しかし女房の意見しか今のところ手はなさそうに思えた。
「何だか、少し望みが出てきた」
 と言って、未沙はワイングラスの中の液体をシンクまで行き、すべて流した。
 そして、こちらを見てにこっと微笑んだ。
 それは、今日はじめて見る妻の笑顔だった。
 

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み