第16話 火星

文字数 557文字

 私は火星である。かつては水を持ち、都市を持ち、栄えた文明を持っていた。
 かつては生命を持っていた。今も、「私」という宇宙に浮かぶ、生命体ではある。
 地球が見える。かれは病んだ魂だ。かつての私のように、かれは病み、荒んでいる。
 かれの住人どもは、その大地に無関心だ。
 かれらは天にも無関心だ。かれらは下を向き、参考書ばかり読んでいる。

 おお、私の住人たちも、かつてはそうだった!
 かつての私がそうであり、かつてのおまえがここにいるというのに
 おまえはこちらを見向きもしない。
 朝な夕なに、時計ばかりに目をやって
 天を仰がない、地を抱こうとしない
 
「いかに楽をするか」それだけをからっぽの頭で満たし
 足元に穴があいているのに気づかない

 地球は生きているのに
 かの地が動けば
 この地にも波が押し寄せる
 どんなに遠くの出来事でも
 世界はつながっているというのに
 自分の頭の中だけを考えて
 霊妙で精緻な風の震動に無関心だ
 微細ないのちの流れを忘れた頭は
 脳みそだけの人造人間
 
 おお、かつての私がそうだった
 私はかれらに支配されていた!
 おまえの未来は、かつての私
 おまえの未来がすぐそこに見えているというのに
 誰も私を見ようとしない
 おまえの「やがて」と私の「かつて」が
 今、ここにあるというのに
 誰も私を見ようとしない
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