【弐拾弐】この夜が、ずっと、ずっと続くなら
文字数 942文字
送らなくても大丈夫だよと彼女は言ったが、女性が夜道をひとりで歩くというのはよろしくない。それは電車の中でも同様で、そう彼女を説得すると、彼女は顔を赤らめながらお願いしますと言った。
手を繋いで歩く。途中、邪な考えが雑念として脳を掠めた。自分の手のひらが汗で濡れていないか心配になる。彼女の手。温かい。彼女も緊張しているのだろうか。
電車の中、となり合って座ろうかとも思ったが、地味に混んでいる車内には、並んで座るスペースはない。ちょうどひとり分の席が空いていたので、彼女を座らせ、おれはひとりつり革に体重を預けた。
つり広告を眺め、何かいい会話の糸口はないか探した。が、そこにある情報は、芸能人のスキャンダル、政治家の汚職、殺人と日本中の人間の業を掻き集めたようなものばかり。焦りが脳を焼いた。
結局、ひとことも彼女と話すことなく目的の駅まで着いてしまった。
「ここまででいいよ」改札まで来ると高梨さんは言った。
このままでいいのだろうか。募る疑念がおれに行動を起こさせる。
「家まで送るよ」
「え、大丈夫だよ?」
「いや、でも、高梨さんにもしものことがあったら、おれはいやだよ。大丈夫、そうならないよう、おれが絶対に守るから」
臭いセリフ。とてもじゃないがおれには似合わない。が、これがキラーワードとなり、彼女は顔を真っ赤にし、
「……お願いします」と頭を下げた。
彼女を送り届ける中、彼女に仕事について訊ねてみたが、以前のおれとのやり取りで彼女は覚悟を決めたらしく、イヤなことはイヤだとハッキリ言うようになったそうだ。
そのお陰か、一時よりはセクハラもいびりも落ち着きはしたらしい。よかった、よかった。
駅から歩いて約一〇分、高梨さんの住むアパートに着いた。築数年程度のお洒落なアパートだった。ここならセキュリティもしっかりしていることだろう。
「じゃあ、ここで、ね。今日はありがとう。それと……色々ごめんね」
「全然気にしてないよ」とおれは笑顔で彼女を見送った。そして、残念に思った。
この夜が、ずっと、ずっと続くなら、どんなによかったろうか、と。