【拾壱】もうひと準備
文字数 1,546文字
この日、おれが仕入れた服は殆どが古着だった。おれはてっきり全部を新品で揃えると思っていたのだが、山田曰く、まずは最低限の質を保ちつつ、バリエーションを増やす必要があるとのことだった。
――いい服を着ればマシになる。それは幻想だで。いい服を着るにはいい人間にならなきゃな。それを知らねえと逆に服に着られることになる。人の心を掴むのに驕りはいらん。ただ実直でありゃあいい。数撃ちゃ当たるなんて、そんな勝ちには何の意味もない。そんなんじゃ戦場へ死にに行くようなもんだで。恋人ってのは、倉庫に貯蔵しておくインスタントラーメンじゃない。自分の中で常に微笑んでくれる、美しき女神であるべきなんよ。
山田にとって、女性とはそういう存在なのだろう。同時に、憎悪の対象でも……話を戻そう。
三時半、おれたちは一度外夢に戻り、おれの家で服のコーディネートを始めた。
おれはファッションには疎く、自分で服を買った経験もないに等しい。今着ている服を含め現在所持している服は、大方が中学、高校時代に母親が買って来たものだ。
が、実を言えば、山田もファッションには疎く、そもそもファッションを追い求めるよりもトイレでクソを捻り出すほうが有意義だと言うくらい、流行のファッションには興味がない。
では、そんな山田が何故コーディネートの話をできるのかと言えば、元来の芸術家肌で、更には芝居をやっていることもあって、色の組み合わせやデザイン性等の感覚も鋭いからだ。
人に見られることを意識できる人間は、奇抜な格好をしなくとも自分を魅力的に魅せられる格好を自ずと知るものだそうだ。確かにこのチンピラファッションはどうかと思うが、そんな格好でも山田は充分にカッコよかった。
二〇分後、コーディネートは終了した。この日おれが着ることになったのは、ダークグレーのジャケットに黒のシャツ、そして茶系のパンツ。メガネもコンタクトに変え、誤解を避ける為に指輪も外した。
「さてと、次は時計だな。持ってるか?」
おれは机の抽斗から適当な腕時計を出した。これも中学の時買った奴だ。値段は覚えていない。安物のスポーツウォッチを想像してもらえればパーフェクトだろう。が、時計を見せると山田は大きくため息をついた。
「そりゃ放送打ち切りになったヒーローの変身グッズか? こういうのを付けて許されるのは、中学生までだ」
まぁ、そうなるわな。が、時計を付けないと何がマズイのだろう。
「一種のアクセサリーさ。時計はビジネスマンに許された数少ないアクセサリーのひとつだからな。しかも、ある程度ちゃんとした時計をしているってことは、それだけの社会的信用を得ることにも繋がるわけで。もちろん、時計で人の価値が決まる訳じゃないが、身だしなみはきっちりと、だで。要は見た目のアクセントとなるものが欲しいんよ」
そうは言われても、時計なんて抽斗から出したそれ以外には持っていなかった。そう告げると山田は頭を掻き毟り、仕方ないと吐き捨てて自分の時計を外し差し出して来た。
「貸すで。これなら見た目もシンプルだし無難だろ」
ちょっと申し訳ない気もしたが、せっかくの厚意に甘えて山田から時計を受け取り、ゆっくりと手首に嵌めてみた。
不思議な感覚。左手がずっしりとし、パワーが宿ったような気がする。
時計を眺めてみた。
金属のフレームには細かい傷がついているが、蛍光灯の灯りにシルバーはよく映え、輝いていた。文字盤のガラスには傷ひとつなく、反射でおれの不安に揺れる顔を克明に映し出していた。