路上アーティストⅡ

文字数 847文字

 新宿駅南口の広場。二五郎が初めて人前で歌った場所。路上アーティストたちのメッカであった。二五郎は大きな決断をした時には此処に足を運ぶ。少年がギターを鳴らす。風貌から十四、五歳。二五郎はその歌い姿を見つめる。「昔の自分に似ている」と、またしても思った。

「悪い癖だな」と自嘲した。

 ギターを掻く右手首が縦横無尽に暴れる。ジャカジャカジャカ。少年はギターネック(棹の部分)を掴んだ左手ごと振り下ろす。演奏が終わったらしい。二五郎は少年に対し、存在感を示そうと拍手する。気付く少年。表情は狐につままれたみたいだ。
「良い演奏だったよ」
「どうも」と少年は怪訝な目。反応の中に何か、得体の知れぬ警戒が含まれている。二五郎はそれに関して深く考える事はせず、賞賛され慣れていないが故の「当惑」であろうと見当を付ける。
「何時も歌ってるのかい」と世間話を振りながら手元のバッグを弄る。
「待ってて。お代を払わせて」
「大丈夫です。お金はいただかないスタイルでやってて」と肩身狭そうに話す少年。二五郎は相手の様子を観察しながら「この子は『二五郎』を知らないらしい」という事を確かめた。
 少年のギターを観察する。使い込まれているけれど手入れが行き届いていて、弦は替えたばかり。こまめに調弦出来る様にヘッド(棹の先端部)にはクリップ式のチューナーが取り付けられていた。
「歌うのは楽しいかい」
「はい。楽し過ぎてそればっかりで……」
「親父にどやされるかい」
「は、はい。良く分かりますね……」と少年は目を丸くする。二五郎は「自分の時もそうだったからさ」と明朗に振る舞う。その一方で先程から胸に刺さる不可解な痛みに苦しんでいた。立ち話を幾何か続けたらば「正体」を突き止められるかと期待したが、少年は帰りたげな雰囲気。
「若者が最も嫌がる行為をしたな」
 そう反省した後、一言「悪い、長々と」と詫びてその場を後にした。少年は「また良かったら」と、寂しげな中年の背に呼び掛ける。二五郎は首だけで振り返って、どちらとも取れない微笑みを返した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み