第1話 プロローグ

文字数 1,203文字

 プロローグ
 
 足立君とは小学校を卒業して以来、五十年ぶりの再会だった。やんちゃ坊主だった足立君も還暦を過ぎ、今や白髪頭のその風体はすっかり爺さんの仲間入りをしている。そう言ってやろうかと思ったが、鏡を見てみろと言われそうで言葉を飲み込む。
 大阪上本町の高級中華料理店で同窓会の一次会が終わり、盛り上がった連中たちは二次会の場へと繰り出して行った。
 懐かしい顔もたくさんあることにはあったけれども、ただでさえ人付き合いの苦手な私にとって、人生勝ち組連中の誇らしげな顔やら着飾った洋服などにすっかり気後れしてしまい、居場所を失くした私は一次会が終わるや、即帰宅の途についた。それは足立君も同じだったようで、たまたま家が同じ方向にある二人はぼちぼちと並んで歩いていた。
 季節は春。生ぬるい風が二人の頬を撫でる。
「委員長やったお前が二次会には行かんのはあかんやろ?」
 私は作り笑いで足立君に言った。
「そう言う天野はなんで行かへんのや?」
 足立君もにやりと笑みを浮かべて言う。
「いや、俺なあ、実は同窓会って苦手やねん。どうにも居心地が悪くてな」
 私がそう言うと、うんうんと頷きながら足立君は言う。
「そうやな。俺、思うんやけど、まあこれは俺のひがみ根性かもしれんけどな、
あれに来る奴って、ここまでで何らかの結果残したやつばっかりやと思うんよ」
 そう言う足立君は私の良く知っている昔の顔をしていた。
 私はほっとした。そして疲れた原因が分かった気がした。学校を卒業して、社会に出て、今までどのようなことをして、どのように生きて来たのか。その空白の時間を知れば、あの何も知らない無垢な小学生だった頃の私たちが消えてしまうような気がして怖かったのだ。
 途中、私たちの母校の横を通った。車で何度か前を通ったことはあったが、こうやって歩いて校門の横を通ったのはもう記憶に久しい。その時、二人の思いは同じであった。
「おお、懐かしいな」
 足立君が言う。
「そうやなあ。せやけどこの辺もすっかり変わったな」
 そうだ、この辺りはすっかり変わってしまった。筍のようにニョキニョキと高級タワーマンションが建ち並んでいる。あの頃の空き地だらけの街はもうない。
「ちょっとそこの公園で休んでいかへんか? ええ酔い覚ましになるわ」
 足立君が指差して言う。
「そうやな。このまま帰ってしまうにはちょっと惜しい春の宵やな」
 散り初めのソメイヨシノに誘われるように二人は、公園の中ほどにあるベンチに腰掛ける。
 二人ともしばらく正面に咲く桜を見ていた。とその時、足立君がおもむろに口を開く。
「なあ、お前、あの空き地のこと、覚えてるか?」
「もちろんや。ヒゲボウボウの空き地やろ」
「おお、そうそう。ヒゲボウボウや。懐かしい名前や」
 五十年以上も前の記憶が、すぐそこにあるように私の脳裏に蘇った。 
                                続く
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