第3話 みんなの空き地

文字数 1,944文字

 
 昭和三十年初頭から四十年代後半まで、わが国が高度経済成長期と呼ばれていた頃のこと。都会のあちこちにビル建設予定地、いわゆる空き地がたくさんあった。今ではそんな空き地は滅多にないし、たとえあったとしても高く頑強なスチール塀に囲まれていて中には入れない。
 当時、大阪市内の小学校の各教室にテレビが備え付けられたこともあって、道徳の授業ではNHK教育の子供向けドラマ(タイトルは確か『みんななかよし』だったと記憶している)を見せられていた。そのドラマにはそんな空き地がたびたび登場したし、あるいは、藤子不二雄氏の漫画でもヒューム管と呼ばれる土管を並べた空き地が必ず出て来た。
 
 私たちは別に集まる約束をしたわけではないけれど、学校が終わると一人また一人と空き地へとやって来た。その頃の私たちにとって、裏通りでも路地でも駐車場でも、集まればそこが遊び場になった。つまり遊び場などどこだって良かった。けれどもこの時代はそれを許さない。経済の急成長に伴って、物流を担う車の数が激増し、人よりも車優先の社会となった。当然ながら死亡事故の数も増えて、その犠牲者の数が日清戦争の戦死者の数を上回るに至ったことから、交通戦争と言う言葉まで生まれた。 
 実際に子供の交通死亡事故は日常的にあった。道路に飛び出して車に跳ねられると、飛び出す方が悪いと言われた時代であった。親や先生たちは、子供に向かって、「道路では絶対に遊ばないこと」と、口を酸っぱくして言う。
 ただ遊びたかっただけなのに、車のあまり通らない道でボール遊びをしていてそれが見つかってPTAや先生の間で大問題に発展するケースもあった。子供の遊び場など、高度成長の勢いの中では取るに足りない問題であったのだろう。
 だから私たちは、今日は○○グラウンドが空いている、だとか、△△広場には今誰もいないだとか、そんな子供たちの情報網を頼りに、空いている遊び場所を求めて転々と彷徨っていた。そんな私たちが最後にたどり着いた場所がその空き地だったのだ。
 
 大阪市の中心部よりやや東に、海抜三十メートルほどの上町台地と呼ばれる低い洪積台地がある。地元である私には夕陽ヶ丘と言う名前の方が馴染み深い。この上町台地は南北に長く、北は大阪城、難波宮跡から、南は四天王寺を経て住吉辺りまで続き、大昔から政治、経済、文化の中心として栄えて来た地域である。
 天王寺区の東端、JRの線路のある辺りから西に向かって、なだらかな上り坂が続き、生國魂神社(通称・いくたまさん)を初め、多くの寺のひしめき合う辺りが上町台地の頂上付近となる。
 そこから西は、崖のように一気にストンと落ちている。実際大昔は、これより西側が難波津と呼ばれる海だった。現在、その崖の下は下寺町と呼ばれている。下寺町から東を見上げれば、上町台地はこんもりとした木々の生い茂る緑の高台であることがよくわかる。
 またその辺りは、神社仏閣だけでなく、学校や病院も多く点在していた。私の通う小学校や中学校もこのエリアにあった。私はこの上町台地の少し東にある町で生まれ、子供時代をここで過ごした。つまりこの辺りが私の子供時代の遊び場であり、庭みたいなものだった。
 
 その小学校から坂道を東に下ってすぐのところに大きな総合病院があり、病院の東隣りには高等学校が、そこからさらになだらかな坂を東に下ると、この物語の舞台となる空き地があった。
 空き地はとても広かった。ほぼ正方形の一辺が五十メートル近くはあり、面積にして七百坪以上はあっただろう。それは小さな運動場ぐらいの広さであった。
 周囲には囲いが張り巡らされていたが、焼き杉の板を並べて立て掛けた程度の簡単な物であったから、その端々には大人が出入りできる隙間はいくらでもあった。ましてや身軽な子供であれば、低い板塀をよじ登ることもできた。しかしそんなことをせずとも、一箇所だけ釘が外れていて板のめくれる穴があったので、子供は、ぎりぎり出入りできるその秘密の抜け穴をもっぱら利用していた。
 空き地に着くと、待っていればそのうち必ず誰か友達がやって来て、やがてその数は増え、野球こそできなかったが、大勢でゴム毬をぶつけ合う『三歩当て』や、背丈以上の夏草の生い茂る中で『探偵と盗人』をしたり、あるいはバッタやキリギリスを追いかけて誰が一番大きな虫を捕まえるかを競ったり、またその隅っこではビー玉やメンコなどに興じたりする子供もいる。みんな蚊に喰われながら真っ黒になって時を忘れるほど熱中して遊んでいた。今日は何して遊ぼうか、もう誰か来ているかな? と、ワクワクしながら毎日空き地へ通ったものだ。
                                   続く  
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