第6話

文字数 1,055文字

 二〇一九年七月二十一日日曜日。WUG6thライブ大阪公演が、なんばHatchで開催される日。遙か西の賑わいに想いを馳せ、杜の都に降り立つ。地元の夏と違う、青葉の爽やかさが肌を撫でる。水色の風が鼻から脳内に染み渡り、淀みを溶かした。
 WUGの聖地、仙台。
「一年振り、いや。この世界では初めての仙台だよな」
 何かを見つけられるかも、変えられるかも知れない。
 最後の希望だ。
 青葉の海に身を任せてみよう。

 仙台駅から青葉城址。駅でレンタルした自転車に跨り、傾斜を緩やかに上昇する。緑色にデコレーションされたビル群を一つ、また一つと置き去りにした。
 広瀬川の大橋に差し掛かり、文字通り山場が迫る。
 臨む山道。片側一車線を車が通るばかり。自転車で走るには心許ない。対向車線を車が滑り下る度に恐ろしくなって背後を振り返った。
「急カーブで轢かれるかも」
 幸いにも下山する車が殆どだった。
 黄色い看板。熊出没注意の文字そして。
「一週間前に、子熊が二頭目撃されてるのか」
 青葉城址、登頂。電動自転車を以て疲労する道のり。バッテリー残量の減少幅が険しさを物語った。
「伊達政宗公騎馬像、生で目にするのは初めてだ」
 騎馬像の周囲。観光客が押し寄せてカシャカシャ音を鳴らす。セルフィー撮影用の棒を構える姿は槍兵みたい。政宗公が四方を囲まれ、馬上で成す術もない様で気の毒だった。
「虹じゃない?虹架かってるよ、ほら」
 声に振り返る。黒い鉄柵の向こう、青空、架け橋が見えた。「WUG、観に行けば良かったかなぁ」
 遥か遠くから何かを伝えるみたいな天守台の虹。叱責に感じるのは後ろめたさの為か。
「WUG──」
「すみません、写真良いですか」
「っわ!!」咄嗟に声が出る。話し掛けられた。
 自分だけの世界に、侵入者。スマートフォンを此方に差し出す。肩まで伸びた白髪。ほっそりとした顔に置かれた瞳は今にも転がり落ちそうだ。「すみません、急に」
 ひと呼吸。相手に分からないぐらいに息を吐いた。
「いえ──写真、はい」
 撮影の代行は気負うから苦手だったが、請け負った以上は仕方ない。
「ワグナーですか?」
 虚を衝かれる。鷲掴みにされる肺。息を言葉に出来ない。
 ワグナー。ワグナーと言ったか。
「聞こえてます?大丈夫ですか?」
「違ったらすみません、違ったかな──」
「以前お会いしたかな、と思って」立ち去る動作を見せた所に「ワ、ワグナーです」と呼び止める。「何やってんだ。知り合いでも別人じゃないか」

 何故だろう。目の前の人物に会う事がこの旅の意味の様に思えるのは。
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