プロローグ

文字数 1,004文字

『……声が聞こえる』

――声?

『うん。“ニンゲンニナリタイ”って言ってる』

――あんなものに?

『うん。大切な人が人間だから、もっと近くにいるために人間になりたいんだって』

――大切な人ねぇ…。そんなこと本当にあるもんか?

『あるから、こんなにはっきり声が聞こえてくるんじゃないの?』

――まあ、確かにそうだけど…。

『ね、アタシこの声の子の願いを叶えてあげたい』

――何を言い出すかと思えば…。

『ダメかなぁ?』

――……わかったよ。わかったから、そんなキラキラした目でオレを見るな!

『ありがとう! じゃあさっそくこの子の夢にアクセスするね!!』

――結局、自分がちょっかい出しただけじゃないか……。

『何か?』

――別に。

『そ、なら飛ぶわよ』

――はいはい、了解。


 * * * *

 真っ黒な銀河の片すみに、その惑星はぽっつりと小さくありました。“惑星”と言ってもそれは、人の手によって宇宙に浮かべられた機械のカタマリ。そこに住むみんなからは『灰色コロニー』と呼ばれていました。
 そのコロニーに存在するただ一つの街の外れの外れに、古い水族館が建っておりました。いったいいつのころに建てられたものなのか、だれも知る人はいません。建てた当時はきれいなマリン・ブルーの色をしていたであろう壁も、今ではところどころはがれ落ち、看板に描かれたイルカやクジラの絵もすっかり消えかかっています。
 今ではだれも訪れることのないその水族館を、真っ白な口ひげを生やした館長さんが一人で経営しておりました。館長さんにはお嫁さんも子供も、ましてや孫もおりませんでしたので、一人ぼっちの館長さんにとって水族館の魚たちが家族のようなものでした。
 朝一番に魚たちが眠る水槽の部屋に電源を入れること。それが館長さんの日々の日課のような仕事でした。
 暗い部屋の壁のある1点を慣れたようにトントンと叩くと、パカリと壁が小さく開きます。その中にある赤いスイッチを押すと、部屋中にウィーンという機械音が響き渡りました。その音にじっと耳を澄ましていると、今まで空っぽだった水槽にゴボリと下から水がわき上がり、あっという間にそこにあった水槽全てが水でいっぱいになりました。そうして仄かに部屋の中が青色に染まる頃には、ゆったりと泳ぎ回る色とりどりの魚たちで水槽はいっぱいになっているのです。

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