第１７話　許された人

【美宇は、しばらくして】

「喜生さんって、横須賀にいた喜生ちゃんの事？」どこから声が出ているかわからない高音で固まっている。

　急に気が楽になった。食事の手を休まずに当たり前のように…。僕も父もサンのペースに乗っかった。

「僕も最近知った。サンと父さんは昔から知っていたみたいだよ」

　僕は、かたき討ちをするように二人に丸投げした。するとサンは「お爺ちゃん」と父を見る。父は嬉しそうにしている。


【それからは、女性軍の質問攻めが始まった】

　僕は知らされなかった事に憤慨したがそれは同じである。

　父も母もサンが可愛くてしょうがないみたいだ。サンも慕ってくれている。遊びに来るたびに、いろいろなところに連れて行き、色々なものを食べさせていたみたいだ。その培った歳月が「僕が孫で嬉しくないの？」というサンのたった一言で、怒りに似た驚愕の女性軍を鎮静化させた。

「喜生ちゃんは、元気にしているの？病気は治ったの？」やっと落ちついた母がネコの事に思いついたようだ。

　サンは「ふっ」と笑うと「相変わらずです。九月にお父さんが来てから、起き上がれなくなっています」

「そう」と心配そうに顔を曇らせた。
「僕のせいですか？」と僕が突っ込みを入れると


【サンは】

「命をかけて生んでくれた母親の息子であることを、いつも考えています。ただでさえ、起きている時間も少なく、人や暴力が怖くて生きるだけでも大変なのに、周囲の暴力から僕を守り、仕事をして、育ててくれました。
　親がありがたいと思ったら親に返すのではなく、自分の周りの人に返せって、見返りを求めない母親を持つ自分はどうしたらいいでしょうか？正直、僕にはまったくわかりませんが、母の教え通りに、韓国の家族や友人、知人、僕を支えてくれる人たちを大切にしたいと思っています」

　優等生の回答をスラスラとサンは口にした。母がサンの言葉に感心したように納得をしている。

　母は僕に聞いた「いくつになったの？」

「三十三才です」
「もう大人ね。初めて喜生ちゃんと会ったのは、私が今のあなたの年だった。貴方が、今、その年なのね。あの子が、こんなりっぱな孫を産み育ててくれたのね。どんなに大変だったでしょう」

　母は泣いていた。もともと情の厚い人だ。僕はこの母に幼いころから随分と助けてもらっている。

　それに比べて、美宇は自分をネコに似せている。ネコのすることなすことに興味がありいちいち面倒だ。

「サン、喜生ちゃんは今でもネコ？」


【ほら、始まった】

　だから美宇とネコの話をするのは嫌だ。僕は横須賀線で横須賀から鎌倉に帰る電車の中を思い出す。毎日のように美宇はネコの話ばかりだった。

　幼かった美宇は世の中でただ一人、ネコに抱きついても拒絶されない、ネコに許された存在だった。初めて横須賀駅で出会った時も、美宇に怪我をさせまいと、回避して僕の腕の中に飛び込んだ。美宇に対してだけネコは子煩悩な猫の母親のようだった。

　一緒の時は目を離さない、美宇が何をしても怒らない。美宇もネコと一緒の時は、のびのびとしていた。きっとサンもそうやって育ったのに違いない。僕はその姿を見たかった。