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文字数 870文字
私はかぐ夜に冷たく当たるようになった。
例えば、かぐ夜は私に会うと必ず笑顔を湛え、挨拶をする。
私は悉く無視した。
ところが、かぐ夜はいくら無視を続けても、懲りずに挨拶をしてくるので、私はその態度を訝った
私の身に纏う鋭利な気配を、微塵も感じていない訳ではないだろう。
それなのに何故、馴れ馴れしさを装うことが出来るのかと。
待てよ、そうか。
人というものは、一度、何事かに満足を覚えると、そのことを追い続けなければならなくなる。裏腹なものだ。
然らば、かぐ夜は人気者なので、誰に対しても良い顔をせずにはいられないのだ。
その様に考えて、それならそれで構うまいと思った。
その日以来、向こうが挨拶を試みるより先に、その場より立ち去るという行いをするようになった。
始めの内は、かぐ夜もめげずに声を掛けようとして来た。
だが、かぐ夜がまだ一言も発しない内に、姿を消してしまうのだ。
そのような振る舞いを続ければ、誰も声を掛けようとは思わなくなるだろう。
それでなくとも、私などかぐ夜を取り巻く有象無象の一人に過ぎないのだから、それに固執する謂れはない。
それだけでも、上々の首尾であることは確信していたが、私は徹底的にその行いを続けた。
やがて、かぐ夜は私に出くわすと、まるで森の中で獣にでも出くわしたかのように体を縮こませ、身を固くするようになった。
そこに到り、当初のつもりなど、当に越えているのを悟った。
というのも、私は私に対して無用な笑顔を取り繕う必要などない、というのを心得させれば良かった。
事実、その通りになった。
故に、その結果に、満足するだろうと思われた。
ところが、私の心には言いしれぬ感情が湧いていた。
日のごとく失われることはないであろうと思われたかぐ夜の笑顔が、実際に翳るのを目にし、なぜか私はその顔を直視することができなかった。
かぐ夜の元を去った後も、後ろ髪引かれるような気持ちになり、物陰より、かぐ夜を様子を窺った。
かぐ夜はその場より微塵も動いていなかった。