第6話 AIとAI
文字数 1,855文字
海面を突き抜けてゆらめく陽の光。
海の蒼色の中を、私のシンボルであるカーソルがゆっくりと泳ぎ進んで行く。
デバッグモードでの検証があらかた終わり、本番に近い表示設定での検証作業が始まった。
ぎこちない動きで大小様々、多種多様な魚が動いている。
同じAIが動作や表示の処理をしているはずだが、バグが魚に擬態した時の方が動きが良かったのは気のせいだろうか。
「選別ってなんだろう」
「誰か辞めるのか?」
「その餞別 じゃなくて、選んで別れる方だと思うけどね」
私はコントローラーとしての手袋を装着した両手を、外側にかき分けるように動かす。
その動きに合わせて、カーソルが海を下へ下へと潜って行く。
「潜れる限界まで行ってみようか」
「さやか、そのスピードだと3時間位かかるぞ。それより魚に触ってみてくれ」
そんなに深いのか。やっぱり無駄にリアルだ。
そういえば今日の作業は、魚オブジェクトの挙動確認と、接触等の干渉時の動作確認だった。
海を泳ぐのに夢中で忘れていた。
装着したゴーグルに大きな魚のグラフィックが映る。
私は右手を前に突き出し、カーソルの右手を魚に当てる。
魚のグラフィックに右手が丸ごと埋まる。
魚はなんの反応もせず、ふらふらと泳いでどこかへ行ってしまった。
「突き抜けたね」
「仕様通りだ。逆に反応したりオブジェクトが消えたらダメなんだ」
「絶対バグの方がリアルだよね」
バグの仕様は詳細不明だが、どうせならそのリアル感を通常のオブジェクトにも適用すれば良いのに。
イヤフォンが長縄くんの声を届ける。
「そのオブジェクトとバグは違うAIが動かしてるらしいですよ」
「えっ、そうなの?」
「川島さんも広瀬チームが解散になってから、色々探ってるみたいです」
長縄くんが以前在籍していた川島チームのリーダー、川島さんはベテラン社員で、元々は少数精鋭と言われる営業部にいた人だ。
智 が話に割って入る。
「それは後で話そう。魚にカーソルを突撃させたり、モデファイ・ガンで撃ったり思いつく限りの悪行をしてみてくれ」
「分かった。世界を破滅させてみる」
「そこまでしなくていい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ひと通りの悪行を尽くして、ゴーグルを外したのは午前0時。
カーテンも窓も開けっぱなしだったことに気付く。
網戸に名も知らぬ虫が数匹止まっている。
夏の湿気を帯びた風がカーテンを揺らす。
窓を閉めるついでに体を伸ばして、肩をぐるぐると回す。
専用のVRゴーグルはそれほど重くはないが、魚を追うために首を動かし続けていたので、背中から肩と首につながる辺りを痛めたみたいだ。
パソコンのディスプレイに、会議システムからの通知が表示される。
入れ直したコーヒーを啜 りながらビデオ通話の承諾ボタンをクリックする。
智がいきなり話し出す。
「さっきの選別っての。社長の言葉か」
「そう。社長も、私達も、それ以外も選別されるんだってさ」
「もっとちゃんとした話を期待してたんだけどな」
「無理だね、これが限界。でも、負担は減らしてくれるかも知れない」
長縄くんがゆっくりとした口調で割って入る。
「川島さんが、次の会議で対案を出すそうですよ」
「俺もそれは聞いた。バグ退治のために強い武器とか防具を用意してもらいたいってやつだ」
「もはやRPGじゃん」
「ならラスボスは社長かもな」
いったい、このプロジェクトはどこに向かおうとしているのだろう。
バトル・フラクタルによって選別されるものとは。
以下、次号!
「……ってなことを考えてたんじゃないか」
「私の思考を読むとは、やるね」
長縄くんの笑い声がスピーカーから聞こえる。
私はさっきの長縄くんの言葉を思い出した。
「バグのAIが普通のオブジェクトと違うってのは?」
「正確には、エラー発生時の例外処理を、専用AIが行なうんです。それでエラーと同時発生するバグも、そのAIが動かしてるらしいです」
「でもバグは、カーソルとか建物のオブジェクトにも干渉できるでしょ。逆にモデファイ・ガンはバグに効く。それなら私達とバグの戦いは、AI対AIでもあるってことなのかな」
智が呟 く。
「なら選別は、AIに対しても……か」
このソフトの開発や運用テストで、色々なことが選別される。
広瀬チームみたいに、選別から漏れてしまうこともある。
選別という言葉に意味があるのは分かったけれど、その先に目指すものが見えてこない。
「結局、あの社長は何がしたいんだろ」
私が呟 くと、会議画面内の智と長縄くんが腕組みして唸 り始める。
挙動がそっくりだあ。
海の蒼色の中を、私のシンボルであるカーソルがゆっくりと泳ぎ進んで行く。
デバッグモードでの検証があらかた終わり、本番に近い表示設定での検証作業が始まった。
ぎこちない動きで大小様々、多種多様な魚が動いている。
同じAIが動作や表示の処理をしているはずだが、バグが魚に擬態した時の方が動きが良かったのは気のせいだろうか。
「選別ってなんだろう」
「誰か辞めるのか?」
「その
私はコントローラーとしての手袋を装着した両手を、外側にかき分けるように動かす。
その動きに合わせて、カーソルが海を下へ下へと潜って行く。
「潜れる限界まで行ってみようか」
「さやか、そのスピードだと3時間位かかるぞ。それより魚に触ってみてくれ」
そんなに深いのか。やっぱり無駄にリアルだ。
そういえば今日の作業は、魚オブジェクトの挙動確認と、接触等の干渉時の動作確認だった。
海を泳ぐのに夢中で忘れていた。
装着したゴーグルに大きな魚のグラフィックが映る。
私は右手を前に突き出し、カーソルの右手を魚に当てる。
魚のグラフィックに右手が丸ごと埋まる。
魚はなんの反応もせず、ふらふらと泳いでどこかへ行ってしまった。
「突き抜けたね」
「仕様通りだ。逆に反応したりオブジェクトが消えたらダメなんだ」
「絶対バグの方がリアルだよね」
バグの仕様は詳細不明だが、どうせならそのリアル感を通常のオブジェクトにも適用すれば良いのに。
イヤフォンが長縄くんの声を届ける。
「そのオブジェクトとバグは違うAIが動かしてるらしいですよ」
「えっ、そうなの?」
「川島さんも広瀬チームが解散になってから、色々探ってるみたいです」
長縄くんが以前在籍していた川島チームのリーダー、川島さんはベテラン社員で、元々は少数精鋭と言われる営業部にいた人だ。
「それは後で話そう。魚にカーソルを突撃させたり、モデファイ・ガンで撃ったり思いつく限りの悪行をしてみてくれ」
「分かった。世界を破滅させてみる」
「そこまでしなくていい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ひと通りの悪行を尽くして、ゴーグルを外したのは午前0時。
カーテンも窓も開けっぱなしだったことに気付く。
網戸に名も知らぬ虫が数匹止まっている。
夏の湿気を帯びた風がカーテンを揺らす。
窓を閉めるついでに体を伸ばして、肩をぐるぐると回す。
専用のVRゴーグルはそれほど重くはないが、魚を追うために首を動かし続けていたので、背中から肩と首につながる辺りを痛めたみたいだ。
パソコンのディスプレイに、会議システムからの通知が表示される。
入れ直したコーヒーを
智がいきなり話し出す。
「さっきの選別っての。社長の言葉か」
「そう。社長も、私達も、それ以外も選別されるんだってさ」
「もっとちゃんとした話を期待してたんだけどな」
「無理だね、これが限界。でも、負担は減らしてくれるかも知れない」
長縄くんがゆっくりとした口調で割って入る。
「川島さんが、次の会議で対案を出すそうですよ」
「俺もそれは聞いた。バグ退治のために強い武器とか防具を用意してもらいたいってやつだ」
「もはやRPGじゃん」
「ならラスボスは社長かもな」
いったい、このプロジェクトはどこに向かおうとしているのだろう。
バトル・フラクタルによって選別されるものとは。
以下、次号!
「……ってなことを考えてたんじゃないか」
「私の思考を読むとは、やるね」
長縄くんの笑い声がスピーカーから聞こえる。
私はさっきの長縄くんの言葉を思い出した。
「バグのAIが普通のオブジェクトと違うってのは?」
「正確には、エラー発生時の例外処理を、専用AIが行なうんです。それでエラーと同時発生するバグも、そのAIが動かしてるらしいです」
「でもバグは、カーソルとか建物のオブジェクトにも干渉できるでしょ。逆にモデファイ・ガンはバグに効く。それなら私達とバグの戦いは、AI対AIでもあるってことなのかな」
智が
「なら選別は、AIに対しても……か」
このソフトの開発や運用テストで、色々なことが選別される。
広瀬チームみたいに、選別から漏れてしまうこともある。
選別という言葉に意味があるのは分かったけれど、その先に目指すものが見えてこない。
「結局、あの社長は何がしたいんだろ」
私が
挙動がそっくりだあ。