第2話 『有時』

文字数 2,526文字

 この日、祐典は、多忙な営業活動を終えて急いで会社を出た。今日は、月1回の市民講座の日だからだ。
 祐典は、去年の秋から「禅宗の思想に学ぶ」という市民講座に参加している。

 祐典がこの講座を受けるきっかけは、10年ほど前の高校の修学旅行だった。
 男子校だった祐典の高校では、毎年、1日目に全員で京都に行き、2日目は各班が自由に旅行先を決め、3日目は大阪のUSJに全員で行って帰るという旅程だった。
 2日目の旅行先は、多くの班が東京や名古屋だったが、祐典の班は福井だった。野球部員である班員の一人が、どうしても永平寺に行って、座禅をする一泊の修行体験をしたいと譲らなかったからだ。他の班員は、わざわざ修学旅行で座禅して、早起きするなんて我慢ならんと猛反対した。
 しかし、その野球部員は「東京や名古屋はいつだって行ける。永平寺に皆で行ったことの方が、必ずいい思い出になる」とメンバーを一人一人説得し、結局、永平寺に行くことになった。

 宿坊に泊まったため、自由時間はほとんどなかったが、意外にも全員が満足する2日目になった。夕食は精進料理だったが、高野豆腐の煮物、胡麻豆腐の天ぷら、酢味噌和えや胡麻和えがあって物足りなさは感じなかったし、白米と赤だしの味噌汁がとても美味しかった。
 曹洞宗の座禅は「坐蒲(ざふ)」という丸いクッションの上にお尻を乗せ、足を組んで壁に向かって座る。「警策(きょうさく)」という丸い棒で肩をたたかれた時も、深々と礼をした。警策は文殊菩薩の手とされ、たたかれたのではなく、文殊菩薩による励ましなので「警策をいただく」と言う。
 翌朝は、全員で4時前に起きて説法を聞いた後、朝のお勤めに参加した。数十人の修行僧が行った迫力ある読経は、祐典たちを驚かせた。

 その修行体験の中で、祐典の記憶に一番残っていることは、曹洞宗の開祖である道元禅師の哲学的思想についての説法だった。
 ひたすら座禅をするところに悟りが顕現しているという立場が、道元の思想の中核である。その座禅の極意は、身体と心が一切の束縛から解き放たれて自在の境地になることで、これを「身心脱落(しんじんだつらく)」というのだと説明を受けた。「心身脱落」ではなく「身心脱落」と「身」が先にくる。肉体と精神が一体であることも「心身一如」だと祐典は思っていたが「身心一如」だった。
 短い説法だが、祐典にとって、道元の思想の奥深さに興味が湧いた説法だった。

 その後、祐典は、大学時代に、道元の教えを弟子が筆録した『正法眼蔵随聞記』を購入して読んだが、難しすぎて途中で挫折してしまった。
 しばらく、道元の思想への興味から遠ざかっていたが、去年、新聞の広告に混ざっていた「市民だより」の「禅宗の思想に学ぶ」という講座紹介の欄に目が止まった。祐典のかつての興味が呼び戻され、年度途中だったが、講座に参加することにしたのだ。

 講座室に入ると、いつもと変わらないメンバーが揃っていた。祐典のような20代は2、3人で、残りの10人程度は、ほとんどが50代から60代の男性だ。
講師は、長年、仏教哲学を大学で教えていたという男性講師だ。訥々と講義をするタイプだが、話はとても分かりやすい。
この日の「道元の時間論」の講義もとても興味深い内容だった。

「いいですか、道元の主著は『正法眼蔵』です。〝しょうほうげんぞう〟ではなくて、
〝しょうぼうげんぞう〟です。道元の宗教哲学の大系は、この『正法眼蔵』の完成でほぼ確立されていたと思います。その『正法眼蔵』に《有事の巻》という著述がありましてね」と言って、ホワイトボードに【有時】と書いた。
「有時は〝あるとき〟と読むこともありますが、『正法眼蔵』では〝うじ〟と読みます。そして、道元は、この言葉を『有は時なり時は有なり』と意味づけました。〝有〟は自分の存在、〝時〟は時間と解釈し、道元は、自分の存在は時間であり、時間は自分の存在であると見据えたんです。ほら、わけが分からなくなったでしょう。この辺から哲学のモードに入ります、頑張ってついてきてくださいね」と講師は説明し、ホワイトボードに山の絵を描いた。
 そして、山すそに人間が登る姿を描き加えて、反対の山すそに下りてきた人間の姿を描いた。

「普通、山を登っていった時、山はあり続けていて、つまり固定した空間が存在していて、そこを麓から頂上へ時間を経過しつつ上がっていくと考えますよね。変わっていくのは自分だけで、山は不動だと考えてしまいます。この考え方は、実は、山が変化せずあり続けるという先入観のもとで成り立っています。しかし、よく考えれば、登っていた時の山は、過去から変わらずあり続けていた訳ではないはずです。登っている人の現在に《現在の山》があり、その《現在の山》がその都度あるだけで、どこかに過去の山が、なおあり続けているということではないのです」と山の絵に何度も線を描きながら説明した。

 周りを見ると、皆が講師の描いた絵をにらみながら考えている。頬杖をついて独り言を言っている者や、首をかしげながら助けを求めている表情の者もいる。
 しかし、講師は何も言わず説明を続けた。
「山はいつも今にあって、どこかに去っていくわけではありません。つまり……」と言ってから、ホワイトボードに次の言葉を書いた。
 【現在に存在があって、その存在以外に時はない】
 そして、再び、説明を始めた。

「その現在を直線に並べて、その上で過去は去った、未来はまだ来ないと言っているだけで、それは錯覚なんです。いつも今しかない。その今が今・今・今……と続くのみです。これが、存在は自分の時間であり、自分の時間は存在であるという道元の解釈です。こうして、道元は、この時間論を『有は時なり時は有なり』と表現しました。すべてのものは、過去・現在・未来とあり続けているものではない。その都度その都度の現在の存在以外の何ものでもないのです」と言い、講師は、ホワイトボードに大きく【永遠の今】と書いた。

 講師はこれまでとは違う強い口調で「道元の時間論は、単に存在と時間の関係を意味づけただけでなく、『この自分という存在と一体の時間を生きる今』はどうあるべきかを私たちに問いかけているのです」と言った。

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