無冠の帝王

文字数 585文字

 社長に呼び出された。
 俺は案内された部屋へと入る。四ツ井建設は誰もが知る大企業で、その社長と言えば幹部でないと本来会うこともできない天上人だ。俺も噂でしか耳にしたことがない。
 一体これから、何を言われるのだろう? 緊張で体が震える。
 不倫がバレた?
 セクハラがバレた?
 まさか取引先から裏金を貰っていたことがバレた?
 ダメだ。心当たりが多すぎる。
 社長が憮然とした表情で入ってきた。専務に部長もいる。ただごとでないのは誰の目にも明らかだ。
 心なしか椅子に座った社長はどこか悪びれているように見える。
 社長の口から信じられない言葉が発せられた。俺は驚きのあまり言葉を失う。俺は住む場所さえも奪われてしまうのか?
 沈黙する社長。おとなしそうにしていた専務は君子豹変する。
 俺は抜け殻のようにデスクに戻り。今日の出来事を(したた)める。
 明日からどこで暮らしたらいいんだ? 俺は頭を抱えた。俺は画竜点睛(がりょうてんせい)を欠いていたことに気づき再びペンをとる。

「四ツ井建設手抜き工事発覚」
 今日の記者会見は衝撃だった。三十年ローンで買った俺のマンションは補償してもらえるんだろうかと考えながら、記事を書き上げ俺はペンを置いた。

【憮然】落胆して呆然としている様子
【悪びれる】怯える
【君子豹変す】地位のある人は速やかに過ちを認めて名誉一新する
【画竜点睛を欠く】肝心なところが抜けてる
【無冠の帝王】新聞記者
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